九百四十八話 焦った
貴族に奥さんが複数いることは珍しい事ではない。
当たり前……と言うほど当たり前でもないが、それでも正室以外の奥さん、側室が複数いたとしても、特に非難されることはない。
「アラッドも、父親であるフールさんが、えっと……奥さんが三人いるんだから、全然抵抗ないと思いますよ!」
「そ、そうかしら?」
今更ながら貴族の世界の常識を思い出し、確かにそういうパターンもあると思えたが……だとしても、アラッドが複数の嫁を持つタイプかというと……そうだと即答することは出来ない。
(寧ろ、どちらかと言えばイシュドは奥さんは一人……そういった一途の様なタイプだと思うのだけれど……違うのかしら?)
仮に夫婦になるのであれば、嫁は自分一人だけが良いと……決してそういう訳ではない。
ただ、フローレンスから見てアラッドは一人の女性だけを愛するタイプだと感じる。
「仮にアラッドがフローレンスさんよりも立場が上の人と結婚してせ、正室? じゃなくても、フローレンスさんは大丈夫ですよね」
「それは、そうですけど」
「じゃあ、問題ありませんね!!」
良い笑顔でグーサインを浮かべるガルーレ。
ただ、フローレンスの頭はまだやや戸惑っていた。
「…………」
「あれ? もしかして駄目でしたか?」
「駄目というか、そもそもアラッドは一人の女性しか愛さないタイプかと思って」
「ん~~~~…………ん~~~~~…………でも、英雄色を好むって言うじゃないですか!」
アマゾネスであるガルーレは、これまで多くの男性と肌を重ねてきた。
その中で、ある程度目の前の男が複数の女性をアイスタイプなのか、それとも一途に一人の女性だけを愛すタイプなのか、なんとなく解るようになった。
勿論、ガルーレとしては是非ともアラッドとはヤってみたいと思っているが、まだ一度もヤったことはない。
だが……なんとなく一途に一人だけを愛しそうなタイプの匂いがするため、苦し紛れの言葉を口にするしかなかった。
「アラッドは……そういうタイプでしょうか」
「割と下品な話にも乗ってくるタイプではありますよ」
ガルーレの言う通り、アラッドは割とそういう話に乗るタイプであり、下ネタがメインの会話は全く嫌いではない。
「そうなの?」
「そうですよ。だから、全然好まないタイプではありませんよ!」
背中を押すガルーレに、それでも悩むフローレンス。
二人はそんなやり取りを、のぼせてしまう少し前まで繰り返していた。
「ふーーーーーー……やっぱり、風呂は良いな」
前世が日本人であったアラッドにとって、風呂は全身の疲れが癒される最高の治癒。
スティームもアラッドほど風呂を愛しているわけではないが、それでも風呂に入っている時が一番癒されるという感覚に異論はなかった。
「そうだね~~~…………それにしても、今回は結構……本気で焦ったかな」
「ふふ、悪いな。焦らせてしまって」
スティームが何に関して焦ったのかを直ぐに察し、申し訳ない事をしたと伝えるアラッド。
「……闇竜の思考が一枚上手だったって考えるのが一番だと思ってるよ。正直、僕も闇竜があんな手札を持ってるとは思ってなかったからさ」
「俺もだよ。全く……本当に面倒な手札を持ってたもんだ」
仮に、仮にもった早く狂暴性を爆発させていれば……アラッドのマリオネットが間に合わず、本当に精霊同化を発動したフローレンスとクロが本気でアラッドを抑え込む事態に発展していてもおかしくなかった。
「でも、スティームがそんなに焦ってたとはな……雷獣や、轟炎竜を見た時以上の焦りだったみたいだな」
「だって、本気のアラッドが僕たちに牙を向けると思うと、ね…………うん、そりゃ焦るよ」
スティームには赤雷、ランク八の双剣である万雷という切り札がある。
一気に体力も魔力も持っていく大技ではあるが、赤雷で万雷を振らせれば……いくら多数の強化スキル、狂化をしようした状態のアラッドでも食らえば一発でアウトになる。
だが、本気のアラッドは速い。
速ければそれだけ攻撃を当てるのが難しく、無駄打ちで終わってしまう可能性が高い。
「そうか……一度は魔力感知で相手の攻撃を視ておくべきかもな」
「そうだね。まぁ、モンスターの中で今回アラッドが戦った闇竜みたいに頭が回る個体は早々現れないと思うけど」
「……俺もそう思うが、そう思ってるとまた足元を掬われる可能性があるからな」
精進するしかないなと、二人は顔を合わせて苦笑いを浮かべた。
「ところで、次はどれを狙うんだい」
「ん~~~~……そうだな…………」
風竜ルストに続いて、闇竜デネブを討伐したアラッドたち。
だが、まだ雪竜グレイスに教えてもらった、ヤバい竜リストには他のドラゴンがいる。
「……また今回みたいに被るかもしれないが、虎竜ってやつを確かめてみようと思う」
「っ、虎竜…………そうだね。まずは確かめることがメインになりそうだね」
古竜ではなく、虎竜。
雪竜グレイスから三人が教えてもらった要注意ドラゴンの中に、非常に……非常に珍しいドラゴンがいた。
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