八百十七話 響いてくる経験不足

「ハックションっ!!!!!!」


「アラッド、もしかして風邪?」


「いや、大丈夫だ。風邪ではない……筈だ」


「もしかしてあれじゃない。誰かがアラッドの噂をしてるんじゃない」


誰かに噂をされ、噂の中心人物が何故か寒気を感じてしまう。


そんな流れをアラッドは前世で、何度か漫画などで見たことはあるものの、全くもって証明のしようがない内容であるため、全く信じていなかった。


「俺の噂、か…………どこかの家が、俺に婚約者を送ろうとしてるか、それともこの前潰した連中の仲間が俺の話をしてたか、どちらかだろうな」


「っ!? アラッドって、他の家から婚約者を紹介されたりしてたの?」


物凄い失礼な驚き方ではあるが、アラッドはガルーレの反応に対して特にツッコまなかった。


「これでも一応侯爵家の令息だからな。うちの実家と縁を結べるならと考えている家は多い」


「……アラッドの場合、幼い頃から強いって話が広まっていたからでもあるんじゃなかったっけ」


「それも……あるかもしれないな」


アラッドは基本的に社交界に参加しない変わった令息だった。


だが、アラッドの父親であるフールはある程度社交界に参加しており、知人友人たちに息子であるアラッドの自慢をしていた。

そういった事情もあり、アラッド本人が社交界に参加して姿を見せておらずとも、自分の娘をアラッドの婚約者にと考える大人たちが多くいた。


「でも、今のアラッドなら冒険者としての功績とかもあって、更に殺到しそうね」


「ん~~~~~……冒険者としての功績を考慮するなら、婚約者として申し込める人がかなり限られてくるんじゃないかな」


「? どうしてなの、スティーム」


「アラッドは侯爵家の令息。僕と同じ伯爵家……もしくは子爵家なら、上からでも下からでも一応申し込むことは出来る。でも、侯爵家という爵位の高さ、侯爵家の中でもアラッドの実家のことを考えると……側室であっても、男爵家や子爵家の令嬢では釣り合わないっていう考えになるんじゃないかな」


既にアラッドと同じく冒険者としての人生を送っているが、貴族としての知識はある程度社交界に参加していたスティームの方が頭に入っている。


「……貴族ってやっぱり面倒ね~。でも、アラッドって結婚するなら、そこら辺は気にしないタイプなんじゃないの?」


「それはそうだが、前にも言ったと思うが俺はまず結婚に興味がない……まだ、な」


そっちの趣味がある訳ではない。

ただ、この世界を冒険し尽くしてないアラッドにとって、妻や子供を作ることは……時に、足かせとなり得る。


「…………アラッドの気持ちはなんとなく理解出来るよ。けど、それならアラッドに気がある人たちの思いをちゃんと断れて、その人たちが納得出来る内容を考えとかないとね」


「俺にその気がある、か……」


アラッドはどこぞのと例える事すら出来ない程多くいる鈍感な野郎たちとは違い、なんとなく自分にそういった感情を向けている女性たちを把握していた。


(レイ嬢……と、フローレンス。フィリアス様、か…………俺の勘違いでなければ、その三人か)


自身と同じ侯爵家の令嬢、そして更に一つ上の爵位を持つ公爵家の令嬢。

そして三人目は……更にその上、王家のお姫様である王女。


まさにモテモテであるアラッド。

非常に有難いことではあると、本人も一応理解している。


だが……恋愛、婚約者、結婚。そういった話題になると、アラッドの頭に真っ先に浮かぶのは、あの女性だった。


(元気にしてるだろうか。もう別れてから……一年以上は経っているか。手紙でも送ってみるか? いや、それはそれでおかしいような…………はぁ~~~~~。前世で非リアだった経験がここで響いてくるとは)


今世でも学園に一時的に入学するまでは戦闘鍛錬、錬金術の鍛錬にプレミアム商品の制作。実戦の繰り返しといった生活を繰り返しており、コミュニケーション不足でコミュ障にはならなかったものの、恋愛云々で上手い……最適な選択肢が浮かばない。


「ふっふっふ。アラッド、いったい誰を思い浮かべたのよ」


「……内緒に決まってるだろ」


「ありゃ~~、それは仕方ないね」


完全にはぐらかされると思っていたため、ガルーレとしては答えを教えない……つまり、誰かしらは思い浮かべたという事を知れただけで、ニヤニヤが止まらなかった。


因みに、ガルーレはアラッドの事を戦闘者として、雄の種としてしか好いていないため、アラッドのそういった人物の中に自分が入っているとは欠片も考えていない。


「っ、二人ともお喋りはその辺にしようか。ちょっと珍しいお客さん達が来たよ」


「そうみたいだな。確かに、ちょっと珍しいお客さんだな」


密林地帯ということもあり、猿系……モンキー系のモンスターが現れることは珍しくない。


ただ、アラッドたちの前に現れたモンキー系のモンスターは通常のモンキー系よりも体が大きく、毛の色が白かった。


(ホワイトモンキーって言うのが雪原地帯にいるらしいが、結局ウィラーナでは遭遇しなかった。もしやと思ったが……あの体格、どうやらホワイトモンキーとは違うようだな)


アラッドたちの前に現れた白毛の猿は、Cランクモンスターのハヌーマ。

全員が感じ取った通り、そこら辺の猿とは一味違う曲者である。

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