八百四話 特に意識はない

「ボレアスは風竜の中でも暴れるのが好きでしたからね……そのうち人間か、他のAランクモンスターに殺されるとは思ってました。しかし……その歳で、ボレアスと同じことをしているとは」


「? えっと、もしかしてドラゴンゾンビと戦ったことまで、解るんですか?」


「えぇ。あなたと親しいドラゴンの匂い以外に、ドラゴンの死臭も感じましたので」


全く話してない内容を当てられたアラッドだけではなく、スティームとガルーレもドラゴンの嗅覚はいったいどうなってるのかと、疑問を持たずにはいられなかった。


「そ、そうですか。でも、自分が倒したのはあくまで……クソみたいな人間が召喚したドラゴンゾンビです。ドラゴンらしい誇りを失った屍です」


「……その表現は正しいでしょう。しかし、あなたがドラゴンゾンビを、正確にはAランクのドラゴンゾンビを討伐したのは間違いないでしょう?」


「危険ゾーン一歩手前まで追い詰められた? んだし、強かったのはグレイスさんの言う通り、間違いないんじゃないの、アラッド」


実際のところ、あと一歩で狂化による影響でアラッドの狂気が爆発しそうになったのが原因だが……そこまで時間を掛けさせられたという事も含めれば、間違いなくアラッドが遭遇してきた敵の中でトップ五に入る強敵だった。


「……そうだな。確かに、あれは本当に危なかった」


「あなたの様な強者が冒険者の中に大勢いれば、私も危ないでしょうね……しかし、アラッドたちも強者を求めてこの辺り一帯に来たのでしたね」


「一応そうですね」


寒い季節に寒い地域に行こうという、一見バカ過ぎる考えも持っていたが、本命は一般的な雪竜と比べて戦闘力が遥かに高くヤバい雪竜の存在。


しかし、実際にその雪竜と会ってみると……実力に関しては本物であると、噂に尾ひれ背びれはなかったと、三人とも感じ取った。

ただ……私はあなた達を争うつもりはない、と真正面から宣言されてしまった。


意思疎通が出来ない相手ではなく、人語で下手に上から目線な雰囲気を持った態度ではなく、冷静に……紳士的とも言える態度で降伏宣言に近い対応を取られてしまった。


こうなっては、アラッドとしても事前に考慮していた通り、無理に戦おうとする気は起きなかった。


「でしたら、他のドラゴンの事を教えましょう」


「っ、それは俺たち的には嬉しいですが……本当に良いのですか?」


ドラゴンが同じ属性のドラゴンを売る。


アラッドはドラゴンの詳しい生態を知らないが、一応人間的にまともな部類ではある。

だからこそ、別種族の者に同じ人間の情報を売るというのは、基本的に出来ない。


「えぇ、構いませんよ。さすがに同じ雪竜や氷竜……一応、水竜や海竜の情報を売ることは出来ませんが、他のドラゴンたちの情報であれば」


「もしかしなくても、ドラゴンってあまり仲間意識とかない感じですか?」


「えぇ、そうですよ。闘争心などに関しても、私やアラッドと関わりのあるドラゴンの方が珍しいでしょう。ドラゴン同士で喧嘩をすることは少ないですが、心の中で自分が一番強いドラゴンだと思っている個体は少なくありません」


「それが要因となって、ドラゴン同士が喧嘩することもあると」


「ありますね。それが原因で、結局二体とも人間に討伐されるという例もありましたが」


ドラゴン同士が争い合えば、当然ながら大きな被害が出る。

そしてドラゴンたちにとっては、自分たちの喧嘩で人間に被害が出ようとも、心底どうでも良いと思っている。


人間との戦闘で痛い目にあったドラゴンであれば、そこら辺を考慮して戦い、状況に応じて喧嘩していたドラゴンを囮にして逃げるという行動も取る。


ただ、殆どのドラゴンが自分の強さに自信を持っており、高いプライドを持っている。

なので歴史を振り返ってみると……喧嘩を始めた二体が、その存在を鬱陶しく思っていた別の存在に漁夫の利されてしまうことは意外とあった。


「私はそこまで人間と仲良くしたいという気持ちはありませんが、特に争いたいという気持ちはありません。だからこそ、最近色々と迷っているのですが」


「? いったい、何を迷ってるのですか?」


「……既にご存じだとは思いますが、私を狙う冒険者や騎士がそれなりにいます」


「それはそうでしょうね」


ドラゴンスレイヤーという称号を得ることが出来れば、それだけで多くの恩恵を得られる。


「ですが、私はそこまで戦闘を好みません。ですので、挑んできた人間を殺さずに追い返していた時期もありましたが、その話が広まり……死の危機を考慮せず私に挑めるという話が広まりました」


「そ、それは…………なんとも、軟弱な思考の持ち主たちですね」


幼い頃から身近? にAランクのドラゴンがいる稀有な環境で育ってきたこともあり、その存在感や諸々を知っているアラッドとしては、死の危機を考慮せずに挑むなど……心底信じられなかった。


「あまりにも再度挑んでくる者たちが多く、苛立ちもあって今度は逆に全員殺してしまうことが多くなりました」


グレイスの立場になって考えてみれば、考え方を変えて戦うのは特におかしいことではなかった。


「そうなると、今度は殺した者たちの縁者? たちが敵討ちに来るのです」


「…………」


あまりにも完成されてしまっている悪循環に、三人は全く良い助言を思い付かなかった。

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