八百話 異常はない

「……といった事が、過去にありました」


「なる、ほど…………今回は、主にガルーレさんが狙われたのですね」


「そうなのよね~~。私を殺してアラッドたちの同様を誘って、運が良ければ二人を殺そうと考えてたみたい」


木竜が消えたというヘルナの耳にも入っており、それを解決したメンバーの中にアラッドたちがいるという事も知っていた。


「今回は主に俺たちが狙われましたが、有望な若手……既に実力者と言える段階まで成長している者たちを狙う可能性も否定出来ません」


「話を聞く限り、その様ですね」


アラッドたちにダル絡みをして再起不能にされるのではなく、敵国と仮定出来る国のアサシンたちによって冒険者たちが殺されてしまうかもしれない。


ヘルナは諸々の事情を脳内で処理し、正確に纏め始めた。


「…………そう遠くはない、かもしれませんね」


「かもしれません。個人的には起こる可能性が高いと思っています。なので、力を持っている冒険者たちをその時までなるべく危険に晒さない方が良いかと」


伝えられる事を伝え終え、アラッドたちは解体場から退出。


ウィラーナのギルド内ではあの三人組のリーダーがアラッドという話が広まっており、三人は特にダル絡みされることなくギルドから出た。


「っ……さすがに、本当に斬ることは出来なかったか」


降り積もる雪を見て、アラッドは苦笑いを浮かべる……のに対し、スティームは「こいつマジか……」といった顔を向けた。


「ん? なんだよ、スティーム。その顔は」


「いや……アラッド。あれで満足出来なかったの?」


「ねぇねぇ、なんの話?」


「実はさ」


雪崩が起こった後にアラッドが取った行動を教えると……ガルーレはアラッドをベタ褒め……するのではなく、口を大きく空けてはしたない顔で固まってしまった。


「………………なに、それ?」


「嘘は言ってないよ、ガルーレ」


「べ、別にスティームが嘘をついてるなんて思ってないわよ。ただ……ただ、こう……受け入れられるのに時間が掛かるというか」


アラッドがとてつもなく凄い、どう考えても普通ではないことはガルーレも解っていた。

ただ、吹雪を……空を、天候を斬り裂いたという話は、あまりにもスケールが大き過ぎた。


ガルーレの故郷には一人でAランクモンスターを討伐出来る女戦士がいた。

故に、強さという点に関しては……驚くところはあれど、受け入れることは難しくない。


しかし……天候を斬り裂くという話は、歴代の女戦士たちの逸話にもなかった。


「何を、したの?」


「スティームが説明した通り、天に向かって羅刹で斬撃刃を放ち続けた。そしたら……一応、斬れはした。今雪が降っているところを見ると、完全に斬ったとは言えないけどな」


「「…………」」


今度はスティームも一緒に固まってしまった。


「アラッド、天候は普通、斬るものじゃないんだよ」


「? それぐらいは解ってるぞ。まぁ、あの時は衝動的にやってしまったというか……なんとなく、やれるかもしれないって確信があったのかもしれないな」


無意識に生まれた、やれるかもしれない確信。


それに関してはクロに周囲の警戒を頼み、実力者のアサシン二人と戦ったガルーレとしては、解らなくはない。

ただ、天候斬るという行動に関しては、色々と理解が追い付かない。


「羅刹を使えば、出来そうな気がしたんだ」


「……ねぇ、アラッド。アラッドは……あの変化に、気付いてるの」


ラディア・クレスターとの勝負時には一瞬だったため、ハッキリと確認出来ていなかった。


しかし、今回は天候を斬り終わるまで、アラッドの額の右側に角が生え続けていた。


「あぁ、ちゃんと気付いてるよ。別に体や体調に変化はない。羅刹を使ったからって訳でもない、おそらく……ラディア嬢との戦闘時に……より深く、一歩先に踏み込む必要があったんだよ」


「とりあえず、体に問題がないなら安心だね」


「?????」


何はともあれ、裏の人間たちに襲われたが、全員無事……ガルーレは立体感知のスキルを手に入れ、最良の結果で終わった。


その後、冒険者ギルドからの報告がウィラーナを治める領主の耳に入り、アサシンたちを仕留めた功績として特別報酬が送られた。

因みに領主から屋敷に招待してお礼を伝えたいとも言われたが、アラッドは自分が特別扱いされていると思われる可能性を考慮し……気持ちだけ受け取っておくと伝えた。


「ねぇ、断っちゃって大丈夫なの?」


「ありがたいお誘いではあるが、面倒を避けられることに越したことはない。それに、一応俺は侯爵家の令息だぞ。仮に向こうが訳解らない理由で怒ったとしても、どうこうすることはない筈だ」


アラッドの言う通り、そもそも街に潜り込んでいたかもしれない他国のアサシンを仕留めてくれただけでも、領主としては非常に有難い。


恨んだり怒ったりする理由など、欠片もなかった。


そして三人は……ヘイルタイガーという強敵には遭遇したが、まだそれ以外の強敵には遭遇しておらず、興味を惹かれる要因となったヤバい雪竜にも遭遇出来ていない。


そのため、三人はまだまだ丁度寒さが加速する雪原地帯を冒険し続ける。

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