七百八十話 そこだけは信用出来る

「ねぇ、アラッド。本当にフールさんと戦らなくて良かったの~~~」


子供たちとの昼食時、ガルーレは何度もアラッドにフールと戦わなくて良かったのかと尋ねていた。


「はぁ~~~~、もう何回も答えただろ。仮に本気で戦ろうとしたら、絶対に模擬戦で終わらなくなる。それこそ、得物抜いてでも勝ちたくなる」


「ん~~~~~…………それなら、まぁ仕方ないか~~~」


百パーセント納得はしてない。

物凄く私的な感覚ではあるが、アラッドとフールのガチバトルは是非とも観てみたかった。


(……でも、アラッドがあの……羅刹、だっけ? あれを抜いたら、確かにヤバそうだよね~~~)


アラッドのエースである武器は渦雷。

そして一応全員の共有武器である剛柔もあるが、ガルーレが一番アラッドに似合うと感じた武器は、その二つよりも先日……人間が選ぶのではなく、逆指名してきた羅刹という刀。


「アラッド兄さんは、これからもフール様と戦わないのですか?」


「勿論、興味はある。ただ、俺の場合はそういった欲よりも敬意の念の方が強い。それに……主な理由は、やっぱりさっき言った通りだ」


模擬戦、もしくは試合の範疇で終われる気がしない。


「それに、父さんにはいつか心の底から本気で挑みに来てくれる奴がいる」


「確か……ドラング様、でしたか」


「そうだ。今も学園で父さんを越える為に、必死で牙を磨いてる」


ドラング、という人間の名前を耳にした者たちの顔は……あまり良い反応とは言えなかった。


「ドラング様って、アラッド兄さんのことを物凄く嫌ってる人だよね」


「まぁ…………そう、だな。今は別にそこまでではないが、確かに良い仲とは言えなかった」


孤児院の子供たちからすれば、自分たちをどん底から助けてくれた恩人。

そんな恩人に対して嫌味な態度を取り続ける……全く尊敬できない人物。


ただ、孤児院のシスターやアラッドに買われた教師たちにとっては、そんなドラングのアラッドに対する気持ちは……解らなくもなかった。


「とはいえ、あぁなってしまったのは、俺の子供の頃の態度も起因してる筈だ。あの頃の俺は……基本的に、ドラングという弟、家族に対して興味が持てなかった。ドラングからすれば、アッシュよりもよっぽど嫌な存在だった筈だ」


前世の記憶があるからこそ、あの頃の自分は非常に大人気なかったと思ってしまう。


しかし、その事情を知らない者たちからすれば、さすがに考え方が大人過ぎないか? と、ただアラッドの評価が上がるだけであった。


「アラッド様は相変わらずの優しさだな~~。ところで、少し前に通っていた学園に寄ったのでしょう。その際にドラング様と会わなかったんですか?」


「会わなかったよ。今会ったところで、特に話すこともないからな。もっと大人に……後五年、長ければ十年ぐらいか。それぐらい経てば、普通に……兄弟の様に、話せるかもしれないな」


「な、中々先の話ですね。では、最後に会ってからどれぐらい成長したとかは?」


「元担任だった教師から多少話は聞いてる。それに、前回よりもトーナメントでの順位が上がってる。それだけでも、あいつが以前より強くなってることが解る」


弟が自分の事をどう思ってるか……細かい部分は解らない。


だが、兄は弟の事を多少ではあるが、理解していた。


「あいつは……大き過ぎる目標を常に持ち続けてるからこそ、自分が停滞してる状況を、最も許せない筈だ」


「……それって、大丈夫なのかな」


「何がだ?」


「ただ向上心があるだけじゃなくて、そこまで精神的に追い詰めてるかもしれないって思うと……どこかで壊れてしまうんじゃないかって」


会ったことは一度もない。


その人の家族や友人からの話ししか聞いておらず、決して好印象を持てる人物とは言えない。


それでも……強くなることに、魂を燃やしている人物だということは解る。


「あいつは、一年生の頃に、ベスト八まで進んでるんだ。二、三年生が混ざってるトーナメントでだ」


「う、うん。それは凄いと、思うよ」


「今は、その時よりも強くなってる。ライバルと言える奴もいる。個人指導をしてくれる強者という名の教師もいる……文字通り、強くなれる環境が整ってる」


なにより、アラッドはドラングの強さを知っている。


「それに、中等部に入学するまでの間……正確に意識し始めたのは、五歳の頃か? それから七年ほど……確かにガキらしくこすい事もしてたらしいが、それでも子供がやってしまう範囲内のことだ。本当の意味で道を外れることはなかった」


貴族の令息という立場上、容易に人としての道から外れてしまうことが出来る。


ドラングの取り巻きである者たちの考えた、態度からして……そっちの道に進んでしまっていた可能性は十分にある。


「あいつにはあいつで、最初からそこだけはブレない芯っていうのを持っていた。だから、あいつが壊れることは、これから先進むべき道を見失うこともない」


「…………信頼、してるんだね」


「そこだけは信用出来るってだけの話だ」


だとしても、ほんの少し……スティームはまだ顔合わせしてないドラングという人物に、羨ましさを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る