七百七十二話 襲う可能性があれば……
「ん? おいおい、スティーム。傷があるってことは、もしかして負けたのか?」
孤児院の子供たちがいる場所へ向かうと、数か所の傷を負ったスティームがいた。
「いや、負けてはいないよ。ただ……うん、ちょっと二日酔いのダメージが大き過ぎて………………違うね。それを加味しても、子供たちは強い。ちゃんと隙を逃さずに狙ってきた」
スティームに強いと褒められた子供たちは、もろ手を上げて喜ぶ。
今日こそ、偶々強烈なデバフが掛かった状態ゆえに傷を与えることに成功したとはいえ、これまで何度も何度も模擬戦を行ってきたが、傷一つ与えることが出来なかった。
そんなスティームの強さを知っているからこそ、子供たちは大喜び。
「スティームの言う通りだね~~~。私が子供の時と比べて……技術に関しては、孤児院の子供たちの方が上じゃないかな?」
「本当ですか、ガルーレさん!!!」
「本当、本当、超本当。本当に凄いよね~~~~…………アラッドもさ、よくこんな環境をつくったよね」
ガルーレは貴族の政治など知らないが、孤児院の子供がここまで整った環境で生活できる為に、莫大な金が使用されてることだけは解っていた。
「いつか言ったかもしれないが、俺はただこいつらに学べる環境を用意しただけだ」
「用意しただけ、ね…………あんたが心底優しい奴ってことで納得するわ。ところで、腹違いの母親に呼ばれてたみたいだけど、尋問でもされてたの?」
「言葉を選べ、言葉を。というか、別に俺とリーナ母さんは仲が悪いわけじゃないっての。ただ、ドラングの事と、アッシュの事について聞かれただけだ」
「ドラングって、確かアラッドを絶対にぶっ倒したい!!! を目標に掲げてる奴よね」
結局、現在在籍している学園に行っても出会うことはなかったが、しっかりガルーレの記憶には残っていた。
「ま、まぁ、そうだな。リーナ母さんはアッシュの強さを知れば、またドラングが自分を追い詰めるんじゃないかと心配してたんだ」
「後ろに居ると思っていた奴が、いきなり背後に迫って来た感じ、なのかもね」
「そうだな。その件に関してちょっと話してたんだが……部屋を出た後に思ったんだよな。別にドラングの奴はアッシュに対して何かしらの因縁を持ってるわけじゃねぇんだから、そこまで心配する必要はないんじゃないかって」
話を聞いていた子供たちは何故? と思いながら首を傾げるが、ガルーレとスティーム、戦闘関連の教師たちは解らなくもないといった表情を浮かべる。
「ドラング様も大人になれば、考え方が変わるかもしれませんしね」
「大人になれば、か…………そうですね。俺のことなんて意識せず、最終目標だけを目指して生きてほしい」
リーナと似た様な事を考えてしまっていると解りつつも、同時におそらく大人になろうとも……それが無理だということも解っていた。
「蜘蛛、ですか」
「うむ、その通りだ」
翌日、オーアルドラゴンに顔を出していなかったことを思い出し、食材を用意してから拠点に向かった。
そしてガルーレやスティームと料理した昼ご飯を食べていると、オーアルドラゴンがとあるモンスターについて話し始めた。
「偶にではあるが、この鉱山にも来ている様だ」
「そこまで珍しくはないと思いますが」
過去、鉱山でもモンスターと戦っていたアラッドとしては、森や鉱山内でうろちょろしている蜘蛛のモンスターはそこまで珍しい存在ではなかった。
「そうだな。確かにそこまで珍しくはない。ただ、その蜘蛛の強さが、な」
「……まさか、オーアルドラゴン殿に及ぶと」
「いや、そうは言わん」
なら大丈夫じゃないか、とは思わない三人。
わざわざオーアルドラゴンが話の話題として出したモンスター。
弱いわけがないのは百も承知。
「純粋な強さであれば、負けはせぬ。ただ、繁殖力は当然向こうが上。しかも……質で言えば、ゴブリンやオークより上であろう」
「なる、ほど……つまり、放っておけば街や村が潰されると」
「フールが治める街は潰されぬだろうが、小さな村などは為す術くな潰されるであろう」
蜘蛛というモンスターに、わざわざ人里を襲う習性があるのかは解らない。
しかし、非常に厄介なモンスターであることは、話を聞いただけで理解出来る。
「蜘蛛系のモンスター、か……オーアルドラゴン様が警戒するとなると、スパイダーからタラテクトに進化してる個体かもしれないね」
「タラテクトまで進化した個体か。まだそのレベルの蜘蛛系モンスターに遭遇したことはないな」
「……あれじゃん。どっちが糸使いなのか勝負出来るね」
蜘蛛である以上、当然の様に武器として糸を使用する。
そしてアラッドは純粋な人間ではあるが、授かったスキルは糸であり、非常に汎用性が高い万能な武器。
「いや、普通に戦うならぶった斬ろうと思うけど」
即答だった。
「えぇ~~~~~。折角の糸対糸じゃん。糸で戦いなよ~~~」
「同じ武器を使って、どちらが上かを決めるっていうあれが好きなのは解かるが、なんというか……色々としっくりこなくてな」
これ以上ガルーレがブーブー文句を言ってきても、アラッドはわざわざ自分も糸を使って戦おうとは思わなかった。
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