七百四十話 今回も?

(これは……もしかしなくても、俺のせい……なのか?)


アッシュはアラッドが錬金術に触れているところを見て、影響を受けたのは間違いなかった。


元々幼い頃から戦闘に関して興味が薄かった部分もあるが……切っ掛けをつくってしまったのは、アラッドの影響があったと言えなくもない。


(そうだよな…………俺も、我ながら貴族の枠から離れた行動をしてきたもんな…………貴族の令息、っていうのを考えれば、模範的な兄ではなかったよな)


これまで基本的に生きたいように生きてきたアラッドだが、しっかりと貴族の令息らしくない生き方をして来たという自覚はある。


当主であるフールは、基本的に当主としての仕事に追われており、母親であるエリアは幼い頃こそ構って構って構っていたが、アッシュは割とそれを嫌がる時期が早かった。


そのため……自然と家族の中で関わる時間が多くなるのが、当時学園に通っていなかったアラッドということになる。


(俺のせい、か……いや、でもあれか。貴族の枠から外れた生き方をしてきた身としては、他の兄弟にそれらしい生き方を求めるのは卑怯というか、俺にそんな事を求める資格はない、か……)


全責任とまではいかずとも、貴族の枠からはかなり外れていた背中を見せ続け、尚且つきっちりそのまま冒険者という道に進んだ。


そんな自分が、これ以上弟の人生にあれこれなるべく正しい方に……なんて言うのはおこがましい、と思うしかないと判断。


(そうだな、珍しい存在ではあると思うが……このまま正真正銘の独身貴族になったとしても、アッシュがそれまでの人生を悔いることはないだろう)


どんな時でも楽しそうに錬金術に没頭し続ける。

そんな光景が容易に想像出来てしまい……良いのか悪いのか判断に困る。


(でも、そうなると……人生、何が起こるか解らないものだ。仮にアッシュに気になる人が現れるかもしれない。そうなると……真面目に、どんな女性なのか気になるな)


この先の人生、もしかしたらお前にも好きな人ができるかもしれないだろ。


そんな問いに対して、アッシュは……ノーとは、そんな確率はゼロパーセントだとは答えない。

それが研究者、生産者の性とも言える回答。



祝勝会で夕食を食べ終え、大浴場で疲れを癒した後も……ベランダで夜風に当たりながら、ずっと同じことを考え続けていた。


「何を考えてるんだい、アラッド」


友人であるスティームは、アラッドが悩みはしないが、何かを考え続けていることには勘付いてた。


「別に大したことは考えてないぞ。ただ……仮に、この先アッシュが気になる女性が現れたとして、その女性はいったいどういった人なんだろうなって考えてたんだ」


そんな事を数時間も考え続けていたのか? とはツッコまなかった。


先程のやり取りで、スティームも改めてアッシュの女性に対する興味のなさを思い知らされたため、寧ろ興味が湧くトークテーマである。


「アッシュ君が興味を……異性として、恋愛的な意味で興味を持つ女性、ってことだよね」


「そういう事だ」


「……錬金術に関して知識がある。それは大前提だよね」


「最低限、錬金術という存在を見下すことはなく、ある程度興味を持っている人なら、とりあえずラインにはのるかもな」


錬金術。

やはりここは外せないポイントである。


「…………でも、アッシュ君って外見的な好みがないんだもんね」


「隠してるという可能性は捨てきれないが、今のところそういった様子は一切ないからな」


「そうなると……内面に目を向けるしかない、かな」


「優しい、なんてこの世で最もくだらないところは考えてないだろうな」


アラッドらしからぬの言葉に、ギョッとした表情を浮かべるスティーム。


「………………」


「ん? どうしたスティーム。なんて顔してるんだ」


「あ、いや……その、なんて言うか、アラッドにしては珍しい考え、だと思ってさ」


「あぁ、そういう事か。俺がくだらないって言ったのは、個人が好みのタイプを口にする上での話だ。優しい人、なんてさすがに抽象的過ぎると思わないか?」


「そ、そういう事だったんだね。う、うん。そういう意味でなら……そう、だね。解らなくもない、かな?」


あまり合コンなどの経験がないスティームとしては、半分程しか理解出来ない感覚だった。


アラッドも……前世ではまだ大学生になっておらず、死ぬまでそれらしいモテ期もなかった為、恋愛的な意味での人間の黒さに関しては身を持っては体験していないが……知識としては頭に入っていた。


そしてそれは……人それぞれという便利な言葉を使ってしまうが、決して言い過ぎとも言えない。


「でもそうなると……あまり内面も気にしない、のかな」


「ダメな方向にいってなければ、そこまで気にしないのかもしれないな……基本的に異性に興味がなくとも、メンヘラとかも無理そうだな」


「め、メンヘラ?」


「あぁ……えっとな………………好きな人を束縛したがる、人?」


ネットで生まれたネットスラングであるため、スティームが知らないのも無理はなく、アラッドの説明を聞いても……スティームが首を傾げてしまうのも無理はない。

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