七百三十七話 本人が知らないだけ
アッシュが言いたい事は解ったリエラ。
真剣勝負といえる内容であっても、負けても勝っても楽しいと思える戦いというのが存在することをリエラは知っており、実際に体験したことがある。
確かに、体験できるのであれば、そういった戦いをしたかった。
もっと本音を零すのであれば……リエラは今回の代表戦に対して、他国の学生代表と戦えるのであれば、どういった戦いが出来るのではないのかと予想していた部分がそれなりにあった。
しかし、実際に対戦相手と対面してみると……割と大人っぽく見えなくもないが、中等部の学生らしい幼さが残っていた。
そして実際に試合が始まった瞬間、試合前には全く感じられなかった覇気と狂気を撒き散らしながら、完全に予想外のスピードで駆け出し……想定外の斬撃や刺突の嵐が襲い掛かる。
序盤中盤、一方的に攻め続けられる展開が続き、体に切傷が増える中、リエラはただ刻まれるだけではなく、アッシュの動きに慣れ始め、リズムを読み始めていた。
だが、ようやくここから自分も攻め、互角の戦いに……そのまま形勢逆転できると思ったタイミングで、どう考えても自分の対応がワンテンポ遅れ、食らえば致命傷になる部分に寸止めされた。
結局止められず弾く形になってしまったが、アッシュにそこを指摘され、リエラは自身の負けを認めた。
楽しかった戦いだったか? と尋ねられれば、リエラは間違いなく全く楽しくない戦いだったと答える。
そこに嘘を付く意味はないと思うタイプだが…………屈辱を感じた方と言えば、その感覚はあまりなかった。
何故なら、自分よりも歳下の人物が、あのような動きが、戦い方が出来る。
そこに強い衝撃を受けた。
勿論、何も出来なかった自分に対して情けない、悔しいといった感想はあれど、その衝撃の方が大きかったのは間違いない。
「幼いのに、そういった事を気にするものなのね」
「えっと……一応、十三にはなってますよ?」
「そうだったわね。けど、そこはあなたが気にする必要はない。だって、あれは油断してた私が悪いのだから」
悔しさ、情けなさ……後悔は、確かにある。
しかし、それを受け入れられないほどリエラの器は小さくない。
寧ろ……そういった現実を受け入れられる器があるからこそ、現地点まで登り上がることが出来たと言える。
「あなたが私を油断させようとしていたかもしれない。でも、そういう事も含めて真剣勝負。あなたの……アッシュの演技が、私の観察眼を上回った。そうよね、ガルーレ」
「正直に言いますと、仰る通りかと~~。あれは、アッシュの入念な準備? が実った結果ですよ」
「……そう、ですか。そう思ってもらえてるなら、幸いです」
リエラが、そこまで気にしてない。
それが解れば、アッシュとしてもこれ以上申し訳ないと思う必要はなく、心が軽くなる。
そして、それと同時に……もう話すことは終ったんだから、離れたらどうですか? というオーラが零れるも……リエラは当然、それを無視。
「それで、アッシュは確か婚約者はいないのよね」
「その話ですか……一応いませんが」
「あなたぐらい優秀な令息なら、既に決まっててもおかしくないのだけどね」
「僕は騎士を目指すつもりは欠片もありません。どこかの組織の経理や、そういった仕事を担当する役職に就こうという気もなく、将来は錬金術を仕事にできればと考えています」
特に隠すことでもないと思っているアッシュは、一応決めている進路を口にし……リエラを含め、多くの聞き耳を立てていた者たちに衝撃を与え、そんな彼女たちの表情を見てガルーレは「解る解る~~~、その気持ち超解る~~~~~」といった顔で何度も頷いた。
「お、お兄さんの様に冒険者の道にも、進まないの?」
「……錬金術は、素材がないことには始まりません。ですので、一応一つの道としては考えてますけど、正直なところ、まだその道に進もうという気持ちは薄いですね」
賢いアッシュは、自分が冒険者として活動を始めれば……どういった面倒が降り掛かってくるか、しっかりと理解していた。
「父は学園を卒業した後、実家に帰って錬金術師として活動しても構わないと言ってくれてるので、おそらくのんびりと錬金術の研究に没頭する日々を送ることになるかと…………そんな人に、付いて行きたいと思う方がいると思いますか?」
いるのだ……ぶっちゃけた話、いるのだ。
なんならデートの誘いなどをした者はいるのだが、全てぶった斬っており、そもそも酷い話……アッシュは彼女たちの誘いは勝手に本気ではないと判断していた。
令嬢の中には贅沢な、派手な暮らしを続けたい、夫の地位を気にする者たちは確かにそれなりにいる。
しかし、生活に不自由でなければ、のんびりと穏やかな暮らしを送るのも悪くないと思う令嬢もいる。
そんな令嬢たちは、どうにかしてアッシュに近づこうとはするものの……まず、会話で仲を深める為には、錬金術を学ばなければならない。
浅い知恵、知ったかぶり程度の知識では、寧ろ逆にアッシュの機嫌を損ねてしまう。
その為、色々あってまだアッシュがそういった令嬢たちの存在を知らない状態が続いていた。
「いると思いますわよ。少なくとも、私はそれはそれでありと思っていますよ」
アッシュは賢い……確かに賢い部類ではあるが、興味がない事に関してはとことん興味が薄く、特定の異性に好意を抱いた乙女の心理状況など、全く理解出来ていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます