七百三十六話 謝罪?
フローレンスが自分のスタイルを、信念を貫けないのであれば、騎士から冒険者に転職するのもありだと口にする前……祝勝会の主役である一人、アッシュはリエラ・カルバトラに迫られていた。
「先程ぶりね!!」
「……そうですね」
面倒、といった感情を隠さない顔。
こういった場面での対応に関して、アッシュはアラッドと中々良い勝負をしている。
興味がないことには本当に興味がなく、記憶力を使おうとしない。
それは変わらずだが……初対面であり、その場で戦い……自分が試合に勝ったというのに、いきなり相手が自分に婚約を申し込んできた。
これはさすがに興味がないことであっても、数時間後に忘れられるほど薄い衝撃ではなかった。
「先程の試合、感服したわ!」
「そうですか、ありがとうございます」
そうですか、ありがとうございます、興味がないんでさよなら。
と言うほどバカ正直に口にするほどぶっ飛んではおらず、とりあえず適当に相手をするしかないと諦めてたアッシュ。
「あなた、中等部の生徒と聞きましたが、本当ですの?」
「えぇ、そうですよ。現在、中等部の二年生です」
フールやギーラス、アラッドの血をしっかりと継いでおり、同世代の中でも身長は平均以上。
シルフィーに色々と付き合わされた結果、何だかんだで最低限の訓練は積み重ね続けており、脱げば割と細マッチョ。
故に、祝勝会に参加しているナルターク王国側の者たちは、やはりあの人物は高等部の生徒では? という疑問を感じていたこともあり、驚く者が何人かいた。
「本人が言う通り、アッシュは正真正銘中等部の二年生なんですよ~」
隣で補佐的な立場に付く流れになったガルーレが、本人の言葉に嘘はないと肯定。
「あなたは……確か、この子の兄であるアラッドのパーティーメンバー、だったかしら」
「あら、そこまで知られてるのは光栄ですね~」
自由奔放、豪快サバサバなイメージが強いガルーレだが、リエラが侯爵家の令嬢だという情報は耳に入っていた。
フローレンスのより出会ってから多少なりとも時間が経っており、本人も立場の差などを気にしない相手であればともかく、目の前の人物はアラッドの知り合いでもなく、他国のご令嬢。
適当な言葉遣いはダメだと思い、精一杯の敬語で対応。
「対戦相手ではありませんでしたけど、アラッドという貴族の令息は有名でしたからね。ただ……その弟も有名だとは、知らなかったのよね」
「…………」
「どうやらアッシュは、兄であるアラッドみたいに戦闘には興味が無くて、錬金術にハマってるみたいなんですよ」
「っ!!!??? それは、本当ですの?」
「えぇ、まぁ……そうですね。変わった部類だとは思いますけど、錬金術に興味があるんですよ」
あまりガルーレばかりに自分の事を話させるのは申し訳ないと思い、軽く答える。
(ほ、本当に…………本当の本当に、マジ、なの!!!???)
リエラだけではなく、周辺で聞き耳を立てていた何名かも似たり寄ったりな顔になり、固まっていた。
「? 大丈夫ですか」
「っ、えぇ、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって」
「…………すいませんね。つまらない戦いをさせてしまって」
「? それはどういう事ですか」
会話の前後からして、アッシュが謝る要素は一ミリもなく、いきなり謝られて首を傾げるリエラ。
「自分が参加すると口にしなければ、あなたと同じ女性の方が参加する予定でした」
同じ女性と聞いて、ぴくりと反応するも、最後までアッシュが言い終わるのを待つ。
「その人は今年、二年生でありながらトーナメントで優勝した方です。去年は……確か、準決勝であちらにいるフローレンスと戦いました」
去年、つまり一年生の時点でベスト四まで上り詰め、今年は二年生でありなら三年生も参加するトーナメントで優勝した。
姿、戦闘スタイル、戦いに対する姿勢……そういった部分を知らずとも、それだけ十分過ぎる強者であることが窺える。
「あのアラッド兄さんも、その人は強いと、強者と認めています」
若手冒険者代表枠でラディアと戦ったアラッド。
アラッドの情報に関して軽く得てはいたが、同じ貴族令嬢として幼い頃からラディアの事は知っていた。
どれだけ若手冒険者とは思えない功績を立てていようとも、ラディアの状態がマックスであれば絶対に届かないということはないと思っていた。
しかし、仮定はどうであれ、その戦いに勝利したのはアラッド。
そのアラッドが認めた強者となれば、ラディアも少なからず興味が湧くというもの。
「僕なんかより強くなることに貪欲で、高みを目指そうと日々努力を重ねています。強くなる……戦いに対する姿勢も非常に真っすぐで、多くの学生がその人の背中に憧れ、追いつこうと目指しています」
アッシュの過大評価ではなく、事実である。
中等部の頃からただ強いだけではなく、人を引き付ける力、魅力……カリスマ性を持ち合わせていた。
それが去年のトーナメント、今年のトーナメントでの結果もあって更に爆発。
パロスト学園だけではなく、他学園の生徒たちの中にも、彼女に憧れを持つ生徒は決して少なくない。
「その人が、学生代表として参加していれば、貴女もつまらない思いはしなかったはずです」
速攻で終わらせた、プライドが揺さぶられる形に追い込んだ。
戦闘にさほど興味はないが、多少なりとも申し訳ないという気持ちが、アッシュの中にあった。
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