七百二十五話 鳴りやまない警鐘

リングが一部、切断されてしまった。

会場が揺れた……そう錯覚してもおかしくない衝撃が響き渡った。


この事実に、アルバース国王は表情を歪ませた。

実際に代表戦が行われる際……ほんの少しだけ不安を感じていた試合は、アッシュの試合のみ。


フローレンスに関してはトーナメントの決勝戦で、実際にアラッドを相手に本気で戦う姿を見ており、その後の騎士として活動を始めてからの功績も耳にしている。

故に、アラッドと同じぐらい負けることはないだろうと、勝利を疑っていなかった。


逆にナルターク国王はほっと一安心……するどころではなく、顔は歓喜で満ち溢れていた。

立場上、あまり大声で喜ぶわけにはいかない。

しかし……同じぐらい勝利すると信じていた学生代表、若手冒険者代表の者たちが負けてしまったこともあり、最悪のケースであるストレート負けに怯えていた。


そういった事情もあり、喜びを堪えるのに必死というのが、表情が見て取れた。


「まだ、これからだろ」


ある男の声が、会場に響いた。


(本当の切り札を隠したまま負けるような無様な真似はしないだろ、フローレンス)


フローレンスが光の精霊と契約しており、更にその精霊と精霊同化が行える……この情報は、特に秘匿している情報ではない。

他国ではまだ使用していないものの、トーナメントの決勝戦で使用したことで、既に情報は流れ流れてナルターク王国まで伝わっていた。


それが解らないフローレンスではない。


「油断していた、つもりはありませんでした」


「っ!!」


リング内に踏ん張ることが出来ず、吹き飛ばされて壁に激突していた。

頭から血を流していることもあり、審判は止めようとしたものの、動き始めたフローレンスを確認し、一歩下がった。


(即止めに入らなければならない出血量ではない。しかし、頭部からの出血はバカに出来ないのだが…………ナルターク王国の人間として、こんな事を思ってしまうのは不謹慎だが……)


審判の男は、ゆっくりと起き上がり……一切闘志を失っていない双眸に期待感を持ってしまった。

この状況から……逆転するフローレンスの姿に。


「ただ……あなたの強さが、一撃が……勝利への渇望が、私よりも勝っていた」


フローレンスが愛用していた細剣は、先程ライホルトが放った破山により、刃が完全に砕けて使い物にならなくなっていた。


得物である、細剣を失った。

どれだけ闘志が消えるどころか燃え上がっていようとも、戦力が下がったことに変わりはない……が、ライホルトの頭の中に安全という二文字が浮かび上がることはない。


「敬意を込めて、勝たせていただきます」


言い終えると同時に、フローレンスと契約している光の精霊、ウィリスが現れた。


精霊同化ソウルユナイト


そして間髪入れず正真正銘、最強の切り札を使用。


アラッドとぶつかりあった決勝戦の時とは違い、完璧な精霊同化を果たしたフローレンス。


(ッ、過去最大の、警鐘だ)


破山を食らっても起き上がった時から、ライホルトの頭に警鐘が鳴り響いていた。

そしてリングに戻ると更に強く……最強の奥の手、精霊同化を使用し……マックスまで警鐘は高まった。


「……いきます」


今からお前との距離を詰める、攻撃を行う。

そう言い終えると……瞬間移動した、そう思える速さでライホルトとの距離を詰め、拳による打撃がめり込む。


「ぐっ!? ッ、ァァアアアアア゛ア゛!!!!」


相手と自分の素早さに差があるほど、腕力と耐久力が高まる。

そんな巨人の怒りによる効果は更に高まるも……腕力が向上したことによる大斬も、当たらなければ意味がない。


そして向上した耐久力を貫く打撃。

意味をなしてないとまでは言えずとも、フローレンスの打撃は確実にダメージを与えていた。


「……終わりだな」


フラグとも読み取れる言葉を零したアラッド。


フラグ、という言葉の意味を正確に理解している者であれば「なんでその言葉を口にした!!?? せめて心の中で呟くだけにしろよ!!!」とツッコみたくなる。


しかし、アラッドが零した言葉通り……試合は確実に終わりへと向かっていた。


確かに巨人の怒りの効果により、更にライホルトの腕力は向上した。

振るわれる大斬は、魔力など纏わずとも、スキルを使わずとも斬撃刃が放てるほど威力が向上している。


だが、当たらない。

どれだけ振るっても当たらない。


では、向上している耐久力を利用し、カウンターをぶつけることだけに集中する?

それも一つの手ではあるが……先程までとは状況が違い、今フローレンスが放つ打撃はどれもライホルトの体内まで威力が通る。


細剣を失ったからといって、やけになって凶悪な力を振り回している訳ではない。

持ち前のセンスと訓練と実戦を重ね続けた打撃。


アラッドや武道家と呼べる者たちと比べればまだ練度が足りなくとも……精霊同化を発動したことで向上した身体能力と合わされば、今のライホルトにとっては十分過ぎる脅威。


(それ、が!! 諦める理由になるかッ!!!!!!!!)


形勢は逆転。

確実に自分が追い詰められている。


それでも……負けたくない理由があり、まだ彼には大剣を振るう力が残っていた。

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