七百二十四話 悲鳴を上げる
SIDE フローレンス
(この堅さ、耳に入ってくる空気を斬る音……ふふふ。先日戦った、赫と蒼のリザードマンより、よっぽど恐ろしいですね)
聖光雄化を使用し、超強化したにもかかわらず、平然と付いてくるライホルト・ギュレリック。
間違いなく……これまでフローレンスが対峙してきた人物の中でも、トップクラスに入る強さを持っている。
振り下ろされる大斬に恐怖すら感じるも……フローレンスの表情には、その色が全く浮かんでいない。
(もっと恐ろしい攻撃を、向けられたことがある、といった顔だな!!!!!)
薄っすらと、笑みを浮かべている。
真剣に臨む試合の、戦いの最中に笑みを浮かべてしまう……そんな状況に対し、身に覚えるライホルトは特に怒りを感じなかった。
寧ろ、自分も無意識に浮かべているのかもしれないとすら思う。
ただ……その笑みを浮かべられる要因が、誰との経験からくるものなのか。
そう思うと、直ぐにでもその笑みを消したくなる。
「ヌゥアアアアア゛ア゛ッ!!!!!」
咆哮と共に放たれる一閃の余波で、リングが悲鳴を上げる。
代表戦に使用されるリングは特殊なリングであり、時間経過……もしくは魔力を補給することによって、修繕することが可能。
加えて、元々の耐久力が高く、騎士たちの斬撃や魔法使いの攻撃魔法が直撃しても、あっさりと欠けて砕けることはない。
だが今……確実にリングは悲鳴を上げていた。
それは間違いなく、二人がそこら辺の騎士とは比べ物にならない戦闘力を有している証拠だった。
(本当に、恐ろしい斬撃、ですね。当たれば……防御に集中しなければ、切断されてしまうでしょう)
フローレンスに惚れている男たちが聞けば、間違いなく嫉妬するほどフローレンスの中でライホルト・ギュレリックの評価は爆上がりだった。
だからこそ、フローレンスはアラッドたちが考えている通り、ライホルトの魔力切れを狙って戦う様な真似は、一切したくなかった。
(ッ、今!!!!!!!!!!!!!)
相手の呼吸、リズムを読んで仕掛ける。
それはライホルトだけの専売特許ではない。
元は魅惑の原石ではあったが、光輝く宝石へとカットする工程は……決して楽な道のりではなく、アラッドとの試合以外にも苦戦していると感じ……己の全てを懸けて挑むことはあった。
故に、横綱相撲以外の戦い方も、当然できる。
振り下ろされた大斬を躱し、余波に触れてスピードが落ちることなく、懐に潜り込むことに成功。
(乱れ星っ!!!!!!!!!!!)
放たれた攻撃は細剣技の中でも、会得出来るスキルレベルが高く、十数年……二十年かけても会得出来ない者は出来ないスキル技。
高速放たれた刺突は全てで五つ。
どの刺突も……当たり所が良ければ、Bランクドラゴンの鱗を貫き、骨に風穴を空ける。
加えて、今のフローレンスは聖光雄化を使用した状態。
骨に風穴を空けるだけではなく、そのまま貫いてしまってもおかしくない。
だが…………五つ目の刺突を放ち終わった瞬間、この攻撃は失敗したと……本能が察した。
その瞬間、反射的にフローレンスは後方へ下がった。
危機を察知して、安全を確保するために後方へ下がる……何と素晴らしい判断、判断速度である。
しかし、今回に限っては完全に悪手と言わざるを得なかった。
「破山!!!!!!!!!!!!!!」
ここで、後方に下がるのではなく、意を決してライホルトの後方に駆け出していれば……少なくとも、万全の状態で放たれた山をも断つ攻撃が放たれることはなかった。
「っ!!!!!!??????」
ぎりぎり……本当にぎりぎり、地面に脚が付くのが間に合わなかった。
脚が地面に付いていれば、まだ余波を食らうだけでも済んだかもしれない。
それでも手痛いダメージである事に変わりはないが、セーフと言えた。
しかし間に合わず、フローレンスは防御するという選択肢しか取れなかった。
「「フローレンス様っ!!!!!」」
ソルとルーナは悲鳴に近い声でフローレンスの名を呼んだ。
二人とも自分たちが尊敬する騎士が勝つと信じていた。
だが、ライホルトが放った大剣技のスキル技……破山はリングに悲鳴を与えるだけではなく、完全にリングに切れ目を入れてしまっていた。
完全には壊れていないものの、破山が放たれた位置から端まで、綺麗に切断されていた。
そして観客席に被害が及ばないように張られていた結界が悲鳴を上げた。
「っ……あれは、不味い」
「そう、だね。スティーム、あんたあれ……避けられる?」
「……赤雷を纏った状態であれば、避けられたと思う。でも……ぎりぎり、だろうね」
スティームとガルーレの頭の中にも、もしかしたらという不安が思い浮かぶ。
だが、そんな中……アラッドとアッシュだけは、先程までと変わらない表情でリングを眺めていた。
当然、二人はライホルトが放った渾身の一撃、破山の威力を侮っている訳ではない。
寧ろ全力であの一撃に対して賞賛を送りたいとアラッドは思っていた。
それでも……それと同時に、あれでフローレンスが終わることはないという、確信に近い気持ちがあった。
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