七百二十一話 楽しむつもりしかない
「アラッドとしては、どういった展開になると思う」
「一概には断言出来ないが……おそらく、俺とあのご令嬢との試合と同じく、それなりに長くなるだろう」
一瞬、自身に向けられた視線が何なのか考えながらも、スティームからの問いにひとまず答える。
「フローレンスが強いのは当然として、対戦相手の岩男も間違いなく強い。やはり、国が違えば逸材というのは居るものだと……思い知らされる強さを秘めているだろう」
あのフローレンスと張り合える存在が、そう簡単にいるのか? そんな疑問を少し前まで持っていたが、岩男と称する男……ライホルト・ギュレリックを見て……アラッドは思わず口端を吊り上げた。
(あの男が相手であれば……是非とも、殴り合いたい。己の五体をぶつけ合いたい!! なんなら、相手の土俵にの乗るのもありだ)
メインの得物であるロングソード以外の武器も扱えるアラッドは、勿論大剣の技術も一定レベルまで満たしている。
「っと、始まったな…………ん~~~~。確かに、アラッドの言う通り、割と長い戦いになるかもしれないね」
両者とも相手の出方を窺うことはなく、積極的に動き、少しでも相手の事を探ろうとしていた。
「フローレンスがどう考えているのかは知らないが、対戦相手の岩男はフローレンスの情報こそ知っていれば、実際に戦う姿を見たわけではない。パワーでは勝っている自覚はあっても、強引に終わらせることは出来ないと解ってる筈だ」
「少しでもフローレンスさんの情報を引き出したいってことだね」
「そうだ…………どうやら、それが出来るだけの技量も持っているようだしな」
観客たちの予想通り、現状、スピードではフローレンスが勝っている。
刃がライホルトの体に届くこともあるが……斬れるのは薄皮一枚。
仮に皮を越えて肉を斬り裂けても、ほんの少し血が零れる程度。
出血多量による勝利を狙うには、あまりにも傷が浅すぎる。
「……あの人、本当に堅いみたいね。私が全力で拳、蹴りをぶつけても…………内臓まで届くかちょっと不安かも」
「蹴撃なら届くんじゃないか? それか、発勁なら届くと思うが」
「かもね。でも、あの人割と力押しだけで戦うタイプじゃないっぽいし、さすがに食らっちゃ駄目な攻撃ぐらい、判断出来そうでしょ」
ガルーレの言う通り、ライホルトは全く攻撃してない訳ではないが、現在は大剣を器用に動かし、なるべくフローレンスの斬撃を防いでいる。
見た目だけで脳筋と判断してはいけない良い例である。
「そうだな。アッシュ、お前ならどう戦う」
「僕にも聞くんですか?」
「一応な」
「……さすがにあの方々と僕では、色々とレベルが違うと思いますけど……仮に戦うのであれば、恥も外見も捨てて死角から急所を狙い続ける。正中線、股間、心臓、耳、目。それらを狙い続け、相手の対応が届かくなった瞬間、勝負を決めに行く……といったところでしょうか」
「ふふ、そうか。良い判断だ」
例えを話しただけではあるものの、眼は本気だった。
(アッシュの錬金術に関する才、センスを否定するつもりはない。ただ……勝つならというシチュエーションでただ勝つ為なら無理だと即座に判断し、殺してでも勝ちにいこうと考えられる思考力……やはり、その気になれば一気に本物の強者へと駆け上がれる素質を持っている)
心の底から惜しいと思ってしまうも、やはり弟がこれから進もうとしている道を、今更否定する気にはならない。
「アラッド兄さんなら、どう攻めるんですか」
「……悪いが、俺の場合はどう攻めるかというのはあまり考えられない」
「????」
「はは、なるほどね。アラッドは、あの人とどう楽しんで戦うしか考えられないってことだね」
「そういうことだ」
スティームの言葉を聞き、アッシュは直ぐに納得のいった顔になる。
(確かに技術力はあれど、本日は怪力から繰り出される攻撃。そう考えると、アラッド兄さんとしては力勝負をメインにぶつかり合いたい相手でですね)
戦うならなるべくサクッと勝ちたいアッシュの頭には、まず浮かばない考えである。
「アラッドらしいね~~~。さてさて、そろそろ試合は動きそうかな?」
「……後一分もすれば、動くかもしれないな」
一分どころから、三十秒も経たず戦況が動いた。
「っ! ガードはしたが、良い一撃が入ったな」
フローレンスの次の動きをライホルトは鉄壁の肉体を信じ、攻撃を食らいながらも……次にフローレンスが移動するであろう場所に大剣を振るった。
(動きを読んだ、ただそれだけではないな。動きを読んでいたとしても、ジャストタイミングでなければ、おそらくフローレンスはもっと上手くカウンターに反応出来ていた。あの岩男…………相当慣れてるみたいだな)
自身を攻略するなら、スピードを活かして倒す。
そういった戦略を持った相手と何度も戦ってきたライホルト。
フローレンスの動き、リズムを捉えるのに多少の時間は掛かったが、それでも戦況を変えることには成功。
(第二ラウンド、ってところかだな)
まだまだここから加速する試合に、再度口端を吊り上げるアラッドだった。
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