七百十三話 もう考えるのが面倒
「おかえり、アッシュ君」
「超超超凄かったよ!!! 何あれ!? どうやったの!!!」
「ガルーレさん、少し落ち着きましょう。お疲れ様です、アッシュ君」
「……ありがとうございます」
称賛を受けたアッシュの顔には、ほんの少しだけ照れが浮かんでいた。
「でも、正直なところ、もう少し戦いが長引いていたら、危なかったです」
「やはり、制限時間付きの強化方法だったのですね」
「はい、その通りです」
魔力は消費しない代わりに、体力はがんがん削られる。
加えて、開放し続ければ筋肉の断裂などが起こる為、アッシュ自身……あまり使いたくないと思ている。
「僕の赤雷とかと同じってことだね。ところでアッシュ君、あのご令嬢からの返事はどうするんだい?」
「あっ、そういえばそうだよ!!! なんかあっさり断ってたけど、向こうの子全然諦めてない感じだったよ!」
「…………私も、そこは少し気になりますね」
スティームは一応悪意はなく質問してしまい、そういった話題が大好きなガルーレが食いつき……フローレンスもアッシュの噂等は少々耳にしていたため、口にした通り少々気になった。
「…………………………そろそろアラッド兄さんの試合が始まりそうなんで、そっちに集中しましょ」
「あ、逃げた」
先程アラッドとその件に関して少々話し合ったため、今はもうそういった話題に思考力を使いたくないアッシュ。
ガルーレたちとしては個々に差はあれど、最終的にアッシュがどういった決断を下すのか気になるものの……アラッドの代表戦の方も気になる。
(この人が、俺の相手、か…………女性なんだな)
髪型は蒼色のショートであるが、麗しい容姿。ふくよかな胸……どこからどう見ても男性には見えない。
(俺の相手って、当たり前だけど冒険者枠の代表なんだよな)
決して……決して、アラッドの思考に男尊女卑が刻まれている訳ではない。
ただ、単純に学生代表が女性だったため、冒険者枠代表は自分と同じ男の冒険者なのかと思っていた。
「意外そうな顔をしてますね」
「失礼した。正直なところ、男性の冒険者が代表として現れると思っていた」
「候補の段階では居ましたよ。ただ、私が彼等より強かっただけです」
「そうでしたか……では、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
雰囲気だけで解る。
女性だからといって嘗めることがそもそもないが、油断してれば手痛い目に合う。
(強いのは間違いない……ただ、あれが気になるな)
アラッドは対戦相手の女性、ラディア・クレスタ―が装備している剣に注目していた。
(冒険者だけど、多分俺と同じで貴族出身だけど冒険者として活動してるタイプだよな。解ってはいたけど、渦雷の方が良さそうだな)
互いに開始線に着いたのを確認した審判。
学生枠の代表戦と同じく、気合の入った開始の合図が行われた。
「「…………」」
しかし、両者ともとりあえず前に出ようとはしなかった。
(? 雰囲気的には気合十分といった感じだったが、最初からガンガン前に出るタイプではないのか?)
横綱相撲をしよう……と思っていた訳ではない。
ただ、アラッドはラディアの得物であるロングソードが非常に気になっていた。
(あの剣、どこかで見たことがある……いや、見たことはない、か? でも、雰囲気に覚えがある様な)
あれこれと戦闘に一応関係はあるものの、明らかに試合に集中していないのが顔に表れていた。
「っ!! っと……」
「集中していますか?」
ラディアは何故かアラッドの表情から、戦闘以外のところに意識が向いていると感じ、先制攻撃を仕掛けた。
それをアラッドは間一髪のところで回避に成功。
「失礼。少し関係無い事を考えていた……では、斬り結ぼうか」
気になりはするが、あまり得物ばかり気にし過ぎるのは相手に失礼だと判断し、今度はアラッドの方から仕掛けた。
「っ、くっ! ……ハッ!!!!」
「っと、よっ、シッ!!!!」
二人とも速攻で終わらせるつもりはなく、徐々に……徐々にギアを上げていく。
「対戦相手の冒険者、結構戦るね」
「国の若手冒険者代表に選ばれる人だよ。強いに決まってるよ」
「それはそうなんだけどさ。対戦相手がアラッドだよ。もしかしたら、速攻で終わっちゃったりするかもって考えちゃうでしょ」
「……うん、否定出来ないね」
アラッドはアッシュと違い、相手から戦意を、熱い真剣な闘志を感じ取ったため、直ぐに終わらせる気はなかった。
しかし、アッシュと同じくアラッドが開幕速攻で終わらせようと考えていた場合……そのもしもを想像したスティームたちは、容易に試合が秒で終わってしまう光景が浮かんでしまった。
「けど、対戦相手の冒険者……本当に強いよ」
「スティームさんの言う通り、彼女は間違いなく強者です。ただ…………あのロングソード、気になりますね」
「魔剣、じゃないんですか?」
アッシュの質問にフローレンスは少しの間考え込み、首を横に振った。
「おそらく、ただの魔剣ではありません」
「高ランクの魔剣とか、そういうのではなく?」
「直感ですが」
スティームとガルーレはつい先日、直感が的中した現場に遭遇してしまったため、本気でラディアの得物はどんな業物なのかと考え込むが……まだ学生であるアッシュだけは、可愛く首を傾げるのだった。
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