七百七話 逃げられない
「……平和に過ごしたかったんだけどな」
「は、ははは。仕方ないよ。本当に……うん、仕方ないと思うよ。なんだかんだで、さっきの一件だってアラッドは悪くないし」
店内から出たアラッドは大袈裟にため息を吐く。
友人が慰めてくれるのは嬉しいが、そう簡単に沈んだ気分は晴れない。
「スティームの言う通りですよ。人が武器を選ぶのではなく、武器が人を選ぶ……その様な現象が起こるかもしれないと、予想出来るものではありません」
「そりゃそうなんだろうが……はぁ~~~~。やっぱり、外に出るべきじゃなかったか」
今更後悔しても仕方ない。
それはその通りだと解っているアラッド。
それでも……愚痴を吐かなければやってられない。
「でもさ、アラッドもあの武器……刀? に目を奪われてたじゃん。買う切っ掛けになったから、結局良かったんじゃないの?」
「買うにしても、ショーケースをぶち壊して目の前に来られるのは……」
「確かにあれには驚かされたね!!! それで、あの刀はなんて名前なの?」
武器がショーケースをぶち破って現れた現象には驚かされた。
ただ、その得物の詳細はどんなものなのか気になって仕方なかった。
「名前は羅刹だ。ランクは五だったな」
「へぇ~~~~……名前はなんかカッコ良いけど、ランクは五なのね」
ランクが五というのは、決して低くない。
寧ろ高品質と言える品であるのは間違いなく、BランクやAランクの冒険者であっても使っている者はそれなりにいる。
「あんな派手にアラッドの前に現れたから、最低六……もしかした八ぐらいかと思ってた」
「ランクが八もあったら、もっと金を払う必要があるに決まってるだろ」
白金貨数枚が大金であるのは間違いないが、ランクが八の武器など……一部の者たちからは、人知を越えた存在と呼ばれている。
(間違いなく、羅刹のランクは五だった…………けど、確かに違和感はある)
アラッドも疑問に思うところはあった。
あれだけ自分が眼を離せず、ガルーレの言う通りぶっ飛んだ登場をしたにもかかわらず、ランクは五なのかと。
「ていうかさ、アラッドの得意な得物ってロングソードなんでしょ。その刀って武器は使えるの?」
「一応使える。ガキの頃から気になってた武器ではあるから、それなりに鍛錬は積んでた」
「はぁ~~~、本当に色々と使えるよね、アラッドって」
「やる気次第だ。何かを始めるのに、遅すぎるってのはないだろ」
ガルーレはスティームやフローレンスと殆ど年齢が変わらず、世間一般的には若造の部類であるのは間違いなかった。
「へっへっへ、そうねぇ。んじゃ、いっちょ本気で頑張ってみようかな。あっ、そういえば刀がショーケースをぶっ壊したのはアラッドにとって迷惑な登場だったかもしれないけど、そのお陰で更にアラッドや私たちに、下手に関わらない方がいいって、良い警告になるんじゃない?」
「そう言われてみると…………そうだな。そういう風に考えることも出来るが」
目立った、それは間違いない。
武器が持ち手を、主人を選んだ。
話題性は抜群。
たとえナルターク王国の王都に滞在している者たちがアラッドの名前を知らずとも、選ぶのではなく逆に武器に選ばれた人間……それだけで強者感が満載である。
加えて、アラッドはその場で購入費と修繕費を含めて、サラッと白金貨数枚を手渡した。
財力も力の内の一つなため、更に下手に関わってはいけない要素になる。
「けど、今回の話が戦う人の耳に入ったら、相手の人ビビッて逃げちゃうんじゃない?」
半分は冗談ではあるが……もう半分は本気だった。
対戦相手がある程度アラッドの情報を集めているなら、そこに彼は武器から選ばれるほどの実力を有している追加情報が入れば……戦う前から諦めてしまうかもしれない。
それは、決してガルーレの考えが大袈裟とは言えない内容だった。
「さぁ、どうなるだろうな。もしかしたらビビるのかもしれないが、そもそも今回……互いに上司から選ばれた事情を考えれば、ビビっても逃げられないだろ」
「そうだよ、ガルーレ。逃げたら本人だけじゃなくて、家族にまで被害が及ぶかもしれないし」
「そういうもんなの?」
「そういうものだと思うよ。アラッドが珍しいタイプなだけで、今回上司から選ばれるのは、本当に名誉なことなんだ」
「だとさ、アッシュ。名誉だって思ってるか?」
「僕としては、錬金術に使える珍しい素材さえ手に入れば、それで良いと思ってます」
「…………」
例外にはアラッド以外にもいたが、それでもスティームの説明は正しい。
今回の代表戦に呼ばれることは大変名誉であり……相手が色々常識が通じない相手と解っても、辞退できるものではない。
「つっても、スティームの言う通りそういった事情も絡まって、逃げることはないだろ」
「けど、わざと手を抜くかもしれないじゃん」
「もしかしたら、器用な奴なのかもしれないな。まぁ……そんなクソつまらない姿勢で戦うつもりなら、速攻で終わらすだけだ」
冷めた目。
その言葉に相応しい友人の目を見て、スティームは頭からつま先まで震えた。
そして改め……友人が代表戦で負けることは絶対にないと、確信した。
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