六百八十四話 他よりは知っている
「悪かったなの一言で、済ませられると思ってるのか!!!!!!」
フローレンスが聖光雄化を使用した状態を筋肉聖女と例えたアラッドは……確かに失礼ではある。
ただ、その言葉に対して許すか許さないかの判断を下すのは、フローレンス・カルロスト本人。
故に彼女たちがそこに関してどうこう言える権限はないのだが……推しをバカにされて怒らないファンはいないのとほぼ同じであり、仕方ない流れとも言える。
前衛タイプの勝気な美女はソル、後衛タイプの少し陰気な美女はルーナ。
彼女たちはフローレンスの二つ上であり、騎士としてもフローレンスより先輩でありながら……フローレンスを姐さんと慕っている。
最初こそ公爵家の令嬢が王都勤務がメインとなる騎士団の内定を蹴り、黒狼騎士団にわざわざ入団してきたことが気に入らず、入団初日に上下関係を解らせようとした。
だが……その目論見はあっさりと叩き潰された。
当時の彼女たちは当然弱くはなく、ソルとルーナのタッグは騎士界隈で徐々にではあるが知名度を上げていた。
そして気に入らない存在ではあるものの、自分たちの負けは認め……数か月が過ぎた日の任務時、ソルとルーナ、他のメンバーだけでは討伐出来ないモンスターがイレギュラー的な存在として現れ……彼女たちに決して小さくない絶望を与えた。
しかし想定外のイレギュラーと遭遇したにもかかわらず、フローレンスは一切恐れることなく強敵に立ち向かい、結果として仲間たちを一人も失わずに撃破。
この件のお陰で、フローレンスは黒狼騎士団の上層部から評価されるだけではなく、動機や歳が近い者たちからの信頼を勝ち取った。
今では黒狼騎士団の中でも重要な戦力の一つとして数えられており、引き抜きを考える他の騎士団に対し、上層部たちが必死に威嚇している。
「そうは言われてもな……いや、本当に悪かったとは思ってる。ただなぁ……実際に戦った身としては、あれをただの聖女とは思えなくてな」
非常に正直な感想である。
パワー、スピード……接近戦タイプの戦闘者にとって、重要な要素が格段に上がった状態。
加えて……聖光雄化を使用した状態のフローレンスは通常時と比べ、明らかに筋肉が膨らんでいる。
(言っても伝わるはずないんだけど、どう考えてもビ〇ケみたいな変化なんだよな……つっても、あれはもはや変身に近い何か……元の年齢、体形に戻ったとかだったか? 正確には違うんだろうけど、見た目的には似た様な変化だよな)
自身に向けられる怒りに対し、特に表情を変えずに考え事をするアラッド。
その隣でおろおろし始めるスティームと……もしやもしやと大乱闘を期待するガルーレ。
ガルーレとしてはアラッドの試合が観れるのも良いが、喧嘩を観てみたい気持ちもあった。
「というか、あんた達……許せないからって、俺をどうするつもりだ?」
「冒険者なんだろ。私と戦いな!!」
(……黒狼騎士団には、若干脳筋が多いって聞いたことがあったけど……噂通りってことか)
アラッドは……キレると狂戦士と暗殺者が混ざった異次元過ぎる存在と化すが、普段は冒険者の中でも珍しい冷静な正確な持ち主。
一般的な冒険者であれば、大して権力もない騎士にプライベートで勝負を挑まれれば、面子云々も考えた上で……勝負を受ける。
そして絶対に勝とうとする。
だが、基本的に冷静なアラッドは自分が得すると思う、もしくは気に入った相手から勝負を挑まれたりした場合は無償で受けるが……特に利がない、勝負を挑んで来た相手が鬱陶しいと感じた場合、何か報酬を用意してもらわないと受ける気にならない。
「アラッド。この二人と勝負して頂ければ、後日私が高級レストランをご馳走します。なので、彼女たちと試合していただけませんか」
「っ……高級レストラン、か」
フローレンスはアラッドと共に過ごした時間だけで言えば、大して長くない。
それでも、初めて出会ってからアラッドという存在を忘れた日は、一日もない。
そこら辺だけ聞くと語弊が生まれるかもしれないが、何はともあれそこら辺のアラッドの名前だけ知っている者たちよりは、アラッドという人間の事を知っていた。
「分かった。その二人と試合するよ」
ソルとルーナとしては、自分たちが目の前のクソ失礼男を叩きのめす代わりに、姐さんがクソ失礼男に食事を奢るという条件に歯ぎしりしながら嫉妬の炎を燃やすも、自分たちが申し込んだ手前……そこに関してあれこれは言えなかった。
「それじゃあ、二人同時にしてくれ。わざわざ二回戦うのも面倒だ」
紅茶を飲み終わり、お菓子を食べ終えたアラッドは当然の様に……一対二で戦うと宣言した。
「……あ、アラッド。それはクロと一緒に戦うから、って言うわけじゃないよね?」
「????? 当然だろ、スティーム。数が同じとはいえ、クロと一緒に戦ったら、そいつはただの虐めだろ。俺にとってそこの二人はちょっと面倒だなって思う存在ではあるけど、別に虐めたいほど憎い存在ではないからな」
アラッドの堂々と口にされた言葉に……スティームは「は、ははは」と苦笑いを浮かべるしかなく、ガルーレとフローレンスは笑いをこらえるのに必死になった。
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