六百十九話 未来は魔王? それとも覇者?

「己の生きたいように生きる、か…………確かに、誰しもがその道を進みたいと思うだろうな」


呑み交わしてから数時間後、レストは二人を宿まで送りと置けようとしたが、アラッドがスティームを背負いながら大丈夫ですと断った。


やや千鳥足で宿へと向かうアラッドの後ろを姿を思い出し……やっぱり送り届けた方が良かったのではと思うも、時すでに遅し。


「……まっ、彼なら大丈夫か」


実際にその戦いぶりを観てはいないが、本能が彼は自分よりも強い人間なのだと把握している。

だから、何も心配する必要はなかった。


そしてレストは……自身が泊っている宿に戻るのではなく、適当に既に日が沈んでいる街中をブラついていた。


(周囲の状況、期待などに左右されずに生きる……無理、と言わざるを得ないが…………まず、アラッド君がそう思いたくなるのは、当然なんだろうね)


自分より強い存在だと……強者だと認めている。

だからこそ、これまでアラッドが築き上げてきた噂が全て本当だと信じている。


命を懸けて戦えばAランクのモンスターを一人で倒せる力を持ち、そしてAランクのモンスターを従魔として従えており…………これまた噂ではあるが、並みの商人以上の資産力を持っている。


(見た目もそうだけど、色々と強過ぎるよね)


あらゆる面が強い。


先程はセーブして呑んでいたため、レストは大して酔っていないが、アラッドが注文した量のカクテルを呑んでいれば……間違いなくスティームの様に酔い潰れる自信がある。


(あそこまで強いと、確かにより強く縛られずに……自分の生きた様に生きたいと思ってしまうね)


ただ強いだけの冒険者ではなく。

侯爵家の三男という、それなりに良い立場も有している。


時としてそれが足枷になることもあるが、それもまた強さの一つであることに変わりはない。


(力を持つ者には、それ相応の義務、責務が伴う…………って、昔の偉い人が言ったんだったか…………アラッド君からすれば、多分クソ喰らえ! って感覚なんだろうな)


一時は騎士になることも考えていたレストからすれば、その考えは共感出来るものである。


ただ……それは自分の力を正しいことに使おうと考えて生きた人間の考え、感想であり……そうしなかったからといって、悪とみなされ断罪されることはない。


とはいえ、誰かを叩きたいバカは騒ぐ。

アラッドの強さ、財力、知名度などに嫉妬するバカたちが更に乗っかる。


(……ふっ。彼の気まぐれ次第で消されるだろうな…………多分、彼からすればそんな事言わなければ良い。口にするにしても、仲間内で話すだけに留めていれば良いってところかな?)


短い付き合いながら、レストはアラッドという人間をそれなりに理解していた。


「それでも、彼は本当の意味で道を外れないようにしてる。彼の力を考えれば……まだまともに行動してるんだろうな」


それなりに理解しているからこそ…………もしもの事を考えると、体がブルっと震える。


年齢を考えれば、まだまだこれから成長する……強くなる。

これまで通り功績を重ね続ければ、侯爵家の三男とはまた別の強い立場を得られるようになる。


そんなアラッドが……常識、理性をぶっ壊して行動するようになれば、どうなる?


(……今、アラッド君を繋ぎ止めてるのは……おそらく実家、両親や家族……後は、スティーム君といった友人。もし、それらに何かあれば……どうなるんだろうね)


貴族の世界出身であれば、かなり汚い世界であることも解っている。


レストから見て、アラッドはそこら辺を知ってはいるものの、立場を利用してそういう事は……まだしてないと思えた。


だが、今よりも強く、強く強くなったアラッドが一度そういった手を使えばどうなるか…………レストが考えている通りにならない場合もあるが、考えた通りになってしまう可能性もある。


「……魔王、降臨? ………………は、ははは……全くシャレにならないね」


軽く想像しただけでまた震えてしまう。


それは……おそらく気付ける者たちにしか気付けない。

刃向かう者は誰であろうと仕留めようとする覇者……になるかもしれない。


「とりあえず、その切っ掛けが起こらなければ良いんだ…………マスターに、一筆送っておこうかな」


宿に到着後、ベッドにダイブする前に手紙とペンを取り出し、今回の派遣で出会った青年たちについて記し始めた。



「んじゃ、戦るか」


「お手柔らかに頼むよ」


ソルヴァイパーの心臓の代わりに代用品となるユニコーンの角を渡してから数日後……侯爵令嬢の病は無事に治った。

体力は著しく消耗している状態ではあるものの、命に別状はなく、後遺症もない。


そして……いつもの如く、侯爵はアラッドとスティームは侯爵邸に招かれ、食事をご馳走になり、依頼とはまた別の特別報酬を頂いた。


二人としては、結局ソルヴァイパーには逃げられたのだが……といった思いはあるのだが、娘の命が助かった侯爵

からすれば、そんな事どうでも良い。


大金があっても……それこそ、アラッド並みの財力があったとしても確実に手に入れられないのがユニコーンの角。

それを提供してくれただけでも、感謝の念が尽きない。


何はともあれ、アラッドとしては面倒に発展しなくて良かった。

そして二人は……というより、まず模擬戦でスティームのモヤモヤを解消。


昼手前から冒険者ギルドの訓練場で、強化系のスキルや魔力の使用禁止で……合計五回ほど模擬戦を繰り返し、結果はアラッドの全勝。


「どうだ、ちょっとはスッキリしたか?」


「お陰様で……とりあえず、不完全燃焼だった闘志は燃え尽きたかな」


「はは、そりゃ良かった…………ん?」


そろそろ遅めの昼飯でも食べようか、と思ったところで知らない顔が二人の元に近寄って来た。

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