六百十話 その感覚は解ってるから
「「ごちそうさまでした」」
「こちらこそ、わざわざ話に付き合ってくれてありがとう。そちらの健闘も祈らせてもらうよ」
ピリピリした状態が続いた夕食が終わり、アラッドたちとレストたちはその後、直ぐに別れて互いの宿へ向かった。
「……レストさん。なんで、言い返さなかったんですか」
「ん? それは、彼のストレートな発言に対して、ということかい」
「そうです。あんな、風に……何も、苦労知らなそうな、奴に」
結局、特にレストを慕う若手二人は食事の場でキレ散らかすことはなく、グッと怒りを堪え続けていた。
「彼がこれまで苦労してきたしてないか……そこは僕たちが決めることじゃない。そもそも、苦労は隠すタイプが冒険者には多い。僕と同じ貴族出身とはいえ、彼がそういったタイプでもおかしくない」
「っ……それでも、あんな」
自身の怒りが身勝手なものだと、若手の女性冒険者も解ってはいる。
しかし、それ以上に自分が尊敬する人が若造から下に見られることが耐えられなかった。
「怒ってくれるのは、嬉しいよ。でもね…………彼が冒険者になって活動し始めてからの年数が短くとも、彼には既に自身の実力に見合う自信が身に付いていた。ただの自信ではなく、これまで積み重ねてきた経験、努力から来る確かな自信だ」
レストは、自分が強者の部類に入ると思っており、周りも……ギルドの職員たちもそれは認めている。
だが、同じ強者であるアラッドとは……何かが違う。
言葉では上手く表せないが、レストはその違いを感じ取っていた。
(強敵との戦いを常に求める……戦うことに狂える、恐怖感じていないからか?)
何が自分と明確に違うところなのか、思わず考え込んでしまう。
「おい、レスト。どうした?」
「っと、ごめんごめん。ちょっと考えこんじゃった。まっ、二人ともあれだよ。彼は……アラッド君は僕と同じ目線で喋れる存在だ。歳が近いと色々と意識してしまうかもしれないけど、そこは事実」
二人からすれば……色々と言いたくなる部分はあるだろう。
それはレストも解っている。
解っているが……正直な話、その言いたくなる部分を口に出されると、アラッドと同じ貴族出身であるレストも傷付いてしまう。
「ただ、その事実を受け入れて前を向かないと……前には進めない。今よりも強くはなれないよ」
「「っ!!!」」
「それは二人とも嫌だろ?」
「……はい」
「それは嫌っすね」
「良かった。それが解ってるのと解っていないとでは、大きな差が生まれる。まぁ……それでも彼に不満があるなら、色々と準備をしてから挑んでみると良い」
理解と納得は違う。
レストは自分を慕う可愛い後輩二人は、理解が出来るタイプだと信じているが……人間である限り、完全に納得出来るかは別である。
「とはいえ、彼は侯爵家の……三男だったかな? 今日の一件があったから、真正面から挑戦しても応えてくれるか分からないから、何か用意しておいた方が良いかもな」
「か、金っすか?」
「さぁ……どうかな。そこは僕でも解らないというか、予想出来ない部分かな」
対面し、会話をして……改めて噂通りの人物だと解った。
確かに自分たちの助けなどなくとも目的を達成しそうではある……だが、その目的が被っている身としては、その凄さが解ったからといって、ソルヴァイパーの討伐と心臓の回収を諦めるつもりはない
(単純な実力勝負では敵わなくても、冒険者としての実力では……負けられないね)
優男の瞳には……静かな闘志が灯っていた。
「あれだね。アラッドにしては、かなり喧嘩腰だったね」
「そうか?」
「個人的な感想だけどね。いつもは……なんだかんだで、波風荒風立てずにって対応だからさ」
アラッドとしては、今回も今回でそこまで反抗的、しつこいようなぶっ潰すぞ、といった心構えで対応したつもりはない。
「……面倒に感じたから、かもな」
「それはいつものことではなく?」
「はは、確かにそうだな。けど……今回はなんというか、利用されそうな気がしてな。それに、折角の機会を奪われるのは癪だろ?」
「ふふ、それは確かにそうだね」
スティームとしても、ソルヴァイパーとの戦闘の機会を奪われるのは非常にふざけるなという思いが強い。
ただ……今回もアラッドのお陰でソルヴァイパーと遭遇出来そうなため、アラッドが他者と協力すなら、それはそれでという思いがあった。
「後はまぁ……協力するなら、キッチリ俺たち側のメリットを用意してもらいたかったな」
「そのメリットを用意してたら、ちょっとは考えた?」
「ちょっとな」
逃がす可能性を少しでも抑えるといった名誉にかかわる様なものではなく、できれば……自身やスティームが思わず唸る物を用意していた場合……ちょっとどころではなく、本気で共闘を考えたかもしれない。
「ところで、向こうの僕たちと同じぐらいの二人が随分と強い怒気をアラッドに向けてたけど、それはそんなに気にならなかったみたいだね」
「あれはもう仕方ないと諦めてるからな。俺だって、目の前で父さんがバカにされたぶん殴りたくなる。それと同じ感覚だって解ってるからな」
本格的に怒鳴り声を撒き散らすこともなく、手を出すようなこともなく……表に出ろや!! みたいな挑発もなかったため、あれぐらいであれば十分アラッドの許容範囲であった。
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