五百六十三話 バカはバカなまま
幾つかのメニューを店員に頼み終えると……再びやや重い空気が漂い始める。
「っ……あの、今回の件に関して、俺はハリスさんのことを全く恨んでいません」
「そう言ってもらえると嬉しいが、アラッド君の優しさを素直に受け取る訳にはいかない」
アラッドにはアラッドなりの考えるのに対し、ハリスにもハリスなりの考えがある。
部下を持ち、上の立場に立つ者として、部下が起こした問題の責任はしっかりと取らなければならない。
「上に立つ者として……クランマスターとして、責任を取らなければならない」
「…………その覚悟は、立派だと思います。ただ……世の中には、本人がどう動いたとしても変えられない何かが存在します」
上に立つ者としての責任や覚悟……それはまだアラッドが知らない重さであり、あれこれ適当なことは言えない。
下手な慰めなど無意味とは解っているものの……今回の一件に関しては、再度ハリスは悪くないと断言出来る。
「世の中……どれだけ真っすぐな性格をしていて、努力家で……更に結果を出しており、社交性に優れた人物を憎み妬む者がいます」
決して自慢話ではなく……寧ろ、前世では直接的に、間接的に攻撃などはしていないものの、完全に妬む側の人間であったアラッド。
だが、それはアラッドだけが……工藤英二だけが特別そんな性格だったのではない。
「加えて、誰かに敬意を持っていたとしても……その敬意が行き過ぎるあまり、狂信に変わる場合もあります」
前世ではとある店で働く店員が、ある客がその店員が推しているアイドルの悪口を呟いていたのを耳にし、SNS上ではあるものの……個人情報を流出出来るんだからな、と……明らかに頭のネジが数本以上外れている発言をした馬鹿がいた。
例え本当にやるつもりはなかったとしても、やれるならそれを実行したいと考える者はいるのだ。
「敬意が狂信に変わるといった例に限らず……組織の上に立つ人間や、身内であったとしても……全てを監視して正すことは出来ません」
バカは……どこまでいってもバカであり、親や教師がどれだけ正そうとしても、道を外れてしまう。
そして最悪な事に……そのバカたちは自分たちの行いが心底悪い事だと思っておらず、今回アラッドたちに絡んで来た面倒が過ぎるエルフやハーフエルフたちも、自分たちの行動が正義だと信じて疑っていななかった。
アラッドは……正真正銘の馬鹿がどれだけ大きな騒ぎを起こしたとしても、責任が身内や組織のトップにあるとは思えない。
勿論、世間が許さないという感情も理解出来るが……今回の一件に限っては、どうこうしようと思ってなんとか出来る内容でないのは明白だった。
「正直……俺は、今回の一件であのエルフたちを緑焔から除名してほしいとか、そういう事は求めません」
「…………何をしでかすか分からないか、ということかな」
「その通りです。仮にハリスさんが彼等と誠心誠意向き合って説教をし、諭したとしても……俺には、彼らの考えが変わるとはとても思えません」
何があっても奴らの考えは変わらない。
それに関しては同席しているスティームも同じ意見だった。
「……アラッド君は、本当にそれで良いのかい?」
「えぇ、構いません。彼らの行動にはイラつきを感じますし……スティームからの助言もあって、無理に抑えようとは思いません。ただ…………何度考えても、やはり彼らの行動はハリスさんに責任があるとは思えません。単純に、彼らの思考がおかしいだけです」
どれだけ親が、上司が正しい方向へと導こうとしても、愚かな考えを愚かだと……そもそもそんな事をする必要がないのだという考えに至らない者は存在する。
(前世なら、あいつらは完全にバカ〇ターだ。真面目に活動してるハリスさんたちが不憫でならないって話だ)
顔を見れば……まだ二十も越えていない青年が、大人の顔をしており……その顔に嘘はない。
(……貴族の令息とは、彼みたいな子ばかりなのかな? いや、そんなことはないだろうね……多分、基本的に彼は特別という枠の中でも、更に特別なんだ)
ハリスはアラッドの全ての面において、英雄の器を感じ取った。
そんな彼に対し……やはり、今回の迷惑を掛けてしまった一件に関して、何もしないという訳にはいかない。
「……ありがとう。その言葉のお陰で、幾分か心が軽くなったよ。でもね……組織のトップに立つ者として、何もしないという訳にはいかないんだ。だから、何かしらお詫びの品を近々送らせてもらうよ」
「……解りました」
アラッドがどう思おうと……どう許そうと、それでもハリスが緑焔という大手クランのマスターであることに変わりはない。
他の同業者たちがアラッドの様な考えを持ち、ハリスの指導力などを批判せずとも……やはり何かしらの影が差す。
クランマスターという立場上、何かしらの対応をしなければならない。
それが解からない訳がなく、受け入れられない程……アラッドは頑固者ではなかった。
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