五百六十話 眼を背けられない事実
「ぐっ……かはっ!!??」
「はぁ、はぁ……ふざ、ける、な」
「まだ、まだ、です」
「お前、如きに……!!!!」
訓練場に移動してから数分後……ハリスを慕うエルフやハーフエルフたちは全員地面に転がっていた。
(ふざけるな……ふざけるな!!! 私、たちが、弓を扱った戦い、で……負けるはずが、ない!!!!)
ズタズタのボロ雑巾にされても、まだメンタルは元気一杯な状態。
そこに関しては大したものだと褒めても良いかもしれないが……現実問題として、彼らは多数対一の勝負で負けた。
内容を見てもそれは接戦などではなく、惨敗。
しかも……相手の人間は鋼鉄と木材が混ざり合った非常に珍しい見た目ではあるものの、弓を使った。
自分たちエルフに、ハーフエルフに対して弓を使うという事は、言葉に出さずとも完全に喧嘩を売っている。
実際にアラッドは彼らの態度に対してイラつきを感じたからこそ、珍しく弓という武器を選んで戦った。
「いや、どう考えても俺の勝ちだろ。誰かしら一人でも立ってるならまだしも、全員地面に膝が付いてるんだぞ」
「まだ……意識は、失っておらん!!!!!」
根性を振り絞り、徐々に体を起こす。
改めて……その根性は素晴らしいと思える。
実戦であれば既に殺してしまっているが、先程までの戦闘で、彼らの心を折るには十分だった。
だが、アラッドと模擬戦を行ったエルフ、ハーフエルフたちの中で……誰一人として瞳の奥の炎は消えていない。
(凄い根性、メンタルなんだが……こんなところで発揮するなって話だ)
これはたかが模擬戦。
そう、たかが模擬戦なのである。
確かに彼らの方から面倒な絡み方をして、結果的に負けたとなればダサい……非常にダサい。
人族よりも遥かに長い寿命を持つ彼らにとっては、いつまで経っても消えることのない最悪の黒歴史となるだろう。
それでも……ここで素直に、とりあえず自分は目の前の人間よりも弱かったのだと認めれば、まだ格好が付くというもの。
しかし……この時点でまだ負けを認めないとなれば、それはもう……子供の駄々となんら変わらなくなってしまう。
「はぁ~~~~……ほれ」
「がばっ!!!???」
仕方ないといった表情で一発蹴りを放ち、腹にめり込ませ……ようやく立ち上がったエルフの一人が後方に飛ばされた。
「まだ負けてないとか言うなら、これぐらいの蹴りは躱せよ」
(……アラッド、本当にイライラしてるな~~~)
先程の蹴りは……魔力を纏っておらず、身体強化も使用していない。
しかし、素の状態で繰り出したほぼ全力の蹴り。
型などを整えておらず、ただのヤクザキックとはいえ、特殊な事情を持つアラッドの蹴りとなれば……基本的に防御力が低いエルフにとってはかなりきつい一撃となる。
ヤクザキックは肉を越えて腹を砕き……致命傷にはならずとも、内臓が少し損傷している。
放っておけば悪化は免れない。
「ま……だ……」
(アドレナリンが出てるからか、それとも強烈な怒りが止まらないからか……チッ、とにかくウザいな)
今回の戦いに……審判はいない。
ただ、戦闘内容は模擬戦、もしくは試合に留めると決めている。
決闘ではないため、万が一殺してしまっても問題無い……とはならない。
「ふぅ~~~、ハリスさんも可哀想な人だな」
「なっ!!! 貴様、いったいどういう意味だ!!!!!」
「言葉通りだ。自分を慕ってくれている奴らが、こんなにも弱いんだ。冒険者なんだから、自分の我儘を押し通そうするのは……まぁ、冒険者らしいと言えるかもしれない」
思想を押し付けられるのは違うと言いたいが、今は一旦置いておく。
「けどな……そんな自分の我儘を押し通そうと、他人と衝突するなら……お前ら、ちゃんと勝たないと駄目だろ」
「「「「「「ッ!!!!!」」」」」」
正論をぶつけても意味がないと判断したアラッドは、結果として現れた事実を突き付けた。
(多分、これが一番効くだろうな)
どれだけ正論を説いたところで、彼らは自分たちの考えを曲げることはない。
嫌な意味で堅く折れない芯を持っている。
ただ、全く攻撃できない面がないわけではなかった。
「結構我儘な考えを他人に押し付けようとしてるくせに、多数対一の勝負で勝てないって……お前らさ、そんなにハリスさんの事を尊敬してるのに、なんでそんな弱いんだよ」
「わ、私、たちは」
「いや、私たちはまだ負けてないとか、本当にただの言い訳にしかならないからな。これが模擬戦、試合だから俺はお前たちを殺してないだけで、生殺与奪の権は俺が握ってるんだ。それに、周りの同業者たちの顔を見ろ」
言われた通りにするのは癪……と言いたげな顔をしながらもぐるっと顔を動かすと……激しい怒りと恥ずかしさが同時にこみ上げてくる。
「弱いのに吼えるってのは、別に悪いとは思わない。ただな……事実を認めず、その場でキャンキャン吠えるのはただただダサくてみっともないだけだ」
ダサく、みっともない。
目麗しい彼らに使われることが殆どない言葉。
そんな言葉を浴びせられ、再度怒りがこみ上げるも……周囲の同業者たちが自分たちに向ける表情が、事実を物語っているのだと……まだ全てにおいて納得はしていないが、自分たちは目の前の男にはどう足掻いても勝てないのだと、それだけはようやっと理解出来た。
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