四百九十話 言葉にせずとも

勇気を振り絞ったアバックは……速攻でこの戦いを終わらせると決断。


魔力はポーションを飲めば回復する。

しかし、スタミナだけは決勝戦が始まるまで回復する解らない。


そういった次の事を考えれば……アバックの行動は間違ってるとは言えない。


(迅雷一閃ッ!!!!!!)


ただ前に突き進むことと、雷槍を前に突き出すことだけに意識を集中させる。

それは気付いてからでは避けることが出来ない、回避不可能な一撃必殺の剛閃。


その一撃は対戦相手がアラッドであろうと……狂化状態の怪物であっても、ダメージを与えることが出来る一撃だった。


しかし……それは当たればの話。

次の戦いを見据えて速攻で勝負を終わらせると決めたアバックの決断は、一概に間違っているとは言えない。

全否定することなど出来ないが、それでも……今回ばかりは焦りが前に出過ぎたと言われても仕方がなかった。


互いに勇気を出して踏み出さなければ勝利を得られない。

その状況こそ変わらないが、それでも今日のスティームは非常にスキル云々は関係無い素の感知力が優れていた。


(あっ、これ……怒りに、近い)


勇気を踏み出そうとした瞬間の表情を見て、考えるよりも先に体が動いた。


スティームの目に映るアバックから……一直線に線が伸びていた。

それはまさに死線であり、迅雷一閃の通り道。


この試合……敢えて勝敗に理由を付けるのであれば、両者が勇気を振り絞って前に踏み出した時の感情だった。

スティームは勇気を振り絞って前に進まなければと思いはしたが、そこに焦りや緊張はなく……確かな冷静さがあった。

対してアバックはわざわざトーナメントを用意してくれた父親に対する想いなどが混ざり、不甲斐ない自分に対する

怒りが背中を押し、勇気を振り絞って前に出た。



「なっ!?」



確かに……今まで決まってきた手応えを感じる筈だった。

自分に対する怒りが心の半分は占めていたが、それでもこの試合が殺し合いを強制される実戦ではないことは理解していた。


故に、放たれた迅雷一閃はスティームの脇腹を少し貫き抉るだけ。

それでも抉る面積は決して小さくない為、早急に回復魔法による治療を受ける必要がある。


そんな試合を終わらせる一撃必殺を放ったはずだった。

これまで放ってきた迅雷一閃の中でも、極上と呼べる手応えを感じた。


なのに……肉を抉った感覚が伝わってこない。


「疾ッ!!!!!!」


「ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」


猛烈に熱い痛みが背中を襲う。


迅雷一閃……確かに非常に攻撃力が高く、貫通力も目を見張るものがある。

狂化状態のアラッドにもダメージを与えるアバックの最強で……本日最高の一撃だった。

試合が終わった後も、本人はあの一撃は今日一の攻撃だった胸を張って断言出来る。


ただ、その攻撃の性質上……躱されてしまうと、非常に無防備な背を晒してしまう。

それは戦闘において非常に致命的な隙。


そんな絶好のチャンスをスティームが見流す様な馬鹿な真似はせず……こちらもこの戦いは命懸けの実戦ではない事を忘れず、全力で斬撃をぶつけた。


背に放たれた斬撃の数は全部で八。

命は取らない、背骨を切断するつもりもない。

しかし、そこに届く前までの物は全て斬り裂いた。


(うん、いける)


八刀の雷閃を背に刻み込んだ。


刃が骨に達していないとはいえ、それでもダメージは甚大。

その痛みで体が思うように動かせなくなって当然。


そこを背後から蹴飛ばせば……踏ん張ることが出来ず、そのままリングの外に落とせたかもしれない。


だが、そうはしなかった。

ここは変に前に出るところではないと、冷静に後方へ下がる。

その判断こそが最善だと言わんばかりに……背中に猛烈な痛みと熱さを食らったにもかかわらず、無理矢理体を動かし、薙ぎ払った。


「ッ!!?? 冷静、だね」


当然ながら、次に飛んでくることを予想して放った薙ぎ払いは見事に空振り。


(ここが……落としどころだな)


もう決着は見えてるので、降参宣言をしてください、なんて相手これまで侮辱するような内容を口に出せる訳がない。


なので……態度で、雰囲気で、視線やオーラで……全力の限りなく殺意に近い戦意を放った。


「「ッ!!!!!」」


これにはアバックだけではなく、審判も種類は違えど驚きの色が浮かぶ。



「もう、ここからは容赦出来ませんよ」



実際に言葉にはしてない。

スティームは口すら開いていない。


それでも戦闘者たちであれば解る……解ってしまう。

ここからある意味本番なのだと、間違いが起こってもおかしくない試合が始まるのだと。


「……………………ッ!!! 参った、降参だよ」


負けるなら、リング外に落ちての敗北。

もしくは気を失ってノックアウトの方が良い。

自ら敗北を認め、負けを宣言する方が屈辱だった。


それでも……明らかに生殺与奪の権を握っているのはスティーム。


長い沈黙の後、アバックは降参宣言を行い、審判が決着のコールを行った。

終わり方こそ少々味気なかったものの、名勝負であったことに変わりはなく、二人に惜しみない拍手と称賛が送られた。

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