四百六十一話 それは忘れてはならない

「今日は無茶を聞いていただき、本当にありがとうございます」


「気にしなくて良いよ……そうだ、最後に一つだけアドバイスを送るよ」


狂うしかない。

そんな破滅へと続く道があると伝えた。


ただ……それと同時に、これだけは伝えなければならない。


「当然と言えば当然の話だけど、夢中になれば忘れがちになる……君が死ねば、悲しむ者がいる。それは忘れちゃ駄目だよ」


「…………胸に刻んでおきます」


ジャンの眼には既に危うさが浮かんでいるが、ただ適当に返事をした訳ではなかった。


(これからどうなるかは……彼の意志次第だね)


若者の悩みを聞き終えたギーラスは、やっとふかふかのベッドで眠りにつくことが出来た。

そして数日後、ようやくラダスへ向けて出発。


「どうしたんだ、ギーラス。表情がちょっと暗いぞ」


「そうですか? ……少し前に、後輩になるかもしれない生徒にしたアドバイスが、本当に正しかったのかちょっと気になってて」


「将来の後輩ってなると、お前の弟のドラング君か?」


良く弟や妹たちの自慢をするため、同僚の騎士たちはある程度特徴を把握していた。


「いや、ドラングじゃなくてジャン・セイバー君だよ」


「あぁ~~~……彼か」


「あれだよね。アラッド君が準決勝でかなりボコボコにした生徒だよね」


言うほどボコボコにはしていない。

常識を考え、虐めにならない様に調整をして戦っていた。


「ボコボコって言うほど痛めつけたりしてないよ……だからこそ、全力は出してなかったけどね」


「それはそれで堪えるって話か。それで、ギーラスは彼になんてアドバイスをしたんだ」


ギーラスはゆっくりとジャンに伝えた内容を口にし、それを聞いた二人の同僚は少々顔を引き攣らせていた。


「お、お前なぁ……もうちょい、こう……マイルドな表現は出来なかったのか?」


「……マイルドに出来るなら、そうしたかったよ。でも、そんな中途半端な優しさは、彼の為にならないと思った」


「ま、まぁ実際に会ったギーラスにしか解らない雰囲気があったってことだよね」


「そうなるね……時代が、世代が違えばあそこまで追い込まれることはなかった。だからこそ、伝えなければならなかった内容だと……思ってるんだ」


逆に同世代に怪物が居たからこそ、中途半端に成長が止まらずに済んだと言えなくもないが、どちらにしろ酷な現実という事には変わりない。


「ただね、最悪彼……騎士になる道を辞退しそうなんだよね」


「……そりゃそうなるか」


「騎士って、冒険者みたいに自由に動けないからね~。少しでも死線を越えて強くなろうとするなら、冒険者とかそっちの方が効率が良いよね~~……早死にする可能性は高まるけど」


この話はラダスに到着するまで延々と話が続いたが、結局のところ同僚たちはギーラスのアドバイス内容について、完全には否定しなかった。


騎士を目指す者であれば、誰しも一度は天辺を……一番を、最強を目指そうとした。

それでも、必ず飛び抜けた人物が一人は現れる。


アラッドの世代ではアラッドを例外とすれば、レイと……ヴェーラがその飛び抜けた人物に当てはまる。


ジャンは他の世代であれば最強を目指せたかもしれないが、時代が悪かった。

そして最悪なことに、学生最後の晴れ舞台で悪運が降りかかった。


(もし……彼が犯罪者になってしまったら、俺が殺さないとね)


剣技の師でも、心の師でもない。

しかし、ギーラスは一つの道をジャンに示してしまった。


故に……妙な責任感を持った。


「とりあえず、これからはまた仕事に集中しないとね」


久しぶりにラダスへ戻ってきた。

意識して心を切り替えたギーラスの元に、元気いっぱいの笑顔を浮かべる弟がやって来た。


「ギーラス兄さん、お帰り!!!!!」


「ふふ……ただいま、アラッド」


一緒に夕食でも食べながら王都での出来事を話そうと思っていると、訓練場に連れていかれる。


なんだなんだと思っていると、アラッドが亜空間から何かを取り出した。


「どうよ、ギーラス兄さん!!!!」


「これって……キャバリオンじゃないか」


「どう? カッコ良いっしょ!!!!」


アラッドは自身満々の顔でギーラスが先日討伐した暴風竜ボレアスの息子、ストールの素材をメインとしたキャバリオンを紹介。


「ギーラス兄さん専用のキャバリオン……天魔だよ!!!!!」


「お、俺の専用なのかい?」


「当然でしょ。ギーラス兄さんが倒したストールの素材を主に使ってるんだから」


ギーラスが討伐したストールの素材の半分程は売却し、ストールによって破壊された村の復興費用にあてられた。

これはギーラス本人が望んだこと。


そして残りの素材を……アラッドは兄に頼み、幾らか貸してほしいと頼んだ。

ギーラスは一切躊躇うことなく、それを了承。


テンション爆上げとなったアラッドは自身が倒したドラゴンゾンビなどの素材も使用し、創造力を爆発させながら制作に取り掛かった。

そうして出来上がったキャバリオンが……天魔。


兄としては弟に素材を上げたつもりだったので、本当に返ってくるとは思っておらず……ギーラスは色んな意味でその場で固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る