四百三十話 兄として……ねぇ

「お疲れ、アラッド。いやぁ~、圧勝だったね」


自慢していた弟の勝利が決まり、ギーラスはだらしない笑顔を浮かべながら賞賛。


「ありがとう、ギーラス兄さん。まぁ……縛りありだったら、あれぐらいかな。向こうが本気のマジだったら、解らなかったよ」


お世辞ではなく、本音。

決してスティームのプライドを傷付けないように、などの配慮は含まれていない。


「ん~~~……でも、本気を出していなかったのはアラッドも同じだよね」


「そりゃ殺し合いじゃないからね」


狂化や糸はただの模擬戦で使うような手札ではない。


それがアラッドの個人的な縛りでもあった。


(フローレンス・カルロストみたいなクソ化け物だったら話は別だったかもしれないけど……いや、どちらにしろただの模擬戦で使って良い手札じゃないな)


戦闘中に糸を使用し、使用時間が長くなればなるほど……より暗殺者寄りの思考に傾く。

無意識の変化ではあたっが、屋敷で生活を送っていた頃の実戦中に、その変化に気付いた。


そういった過去があったため、スティームとの戦闘では一切狂化どころか糸すら使おうとしなかった。


「さて、しっかりと約束を果たしてもらわないとね」


そう言いながら弟を慰めるディックスの元へ向かうギーラス。


この状況で例の件について確認するのは傷口に塩を塗る形ではある……が、ギーラスにはそんなこと関係無かった。


「ディックス、ちょっと良いかな」


「なんだよ。弟自慢なら後で聞くから、今はどっかいってろ」


「それは完全にブーメランだよ。ところで……ちゃんと奢ってくれるんだよね」


「…………」


「あれ、なんで黙るのかな?」


スティームが戦闘中に一度も戦況を傾けることが出来ず、表情に焦りが浮かび始めた頃からディックスは完全にギーラスとの賭けについて忘れていた。


「に、兄さん。奢りとは?」


「僕とディックスとでちょっと賭け事をしていてね。あっ、解ってるとは思うけど、頑張って冒険者として活動してる弟にお金を借りようなんてする訳ないよね?」


「お、おぅよ! 当たり前じゃねぇか!!!」


威勢よく吠えるが、額には大量の汗が浮かんでいる。


騎士たちはディックスに少々浪費癖があるのを知っているため、心の中で合掌を送っていた。

まだ騎士として活動を始めてから数年しか経っていないが、騎士の給料は決して安月給ではない。


モンスターの討伐では素材を持ち帰って冒険者ギルドで売れば、その額は自身の懐に入れても構わない。

それらの工夫を含めれば、安定した高給取りなのは間違いない。


「はは、それは良かったよ。同じく弟を持つ兄として、そんな情けないところは見たくないからね」


「と、当然だろ。弟に借金をするとか、馬鹿がやることだぜ」


「うんうん、スティーム君は良い兄を持ったね」


「あ、はい」


兄が目の前の同僚に追い詰められている……それだけは解る。


助けたいという思いが湧くが、それはギーラスによって完全に助けられない状況がつくりあげられた。


「よし!! アラッド、夕食の時間がくるまで、もっと動いてお腹を空かせようか」


「うっす!!」


アラッドはディックスの額に冷や汗が大量に浮かんでいることな気に留めることなく、純粋に久しぶりに兄と模擬戦が出来ることの嬉しさに笑みを浮かべていた。


「皆も、アラッドと戦ってみたいだろ」


ギーラスの言葉に、先程までアラッドとスティームの激闘を観戦していた騎士たちは臆することなく、全員良い笑みを浮かべて頷いた。


それからアラッドはスタミナが尽きるまで、一定のラインを越えない激しさで何度も模擬戦を行い、時間になる頃にはスタミナどころか膨大な魔力量が四分の一以下まで減っていた。


ちなみに、主人の無限模擬戦が終わるまでクロは空いている騎士や事務職員たちにモフモフされ、可愛がられていた。

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