四百十四話 もう、心配かけない

アラッドの最速の一撃により、見事ドラゴンゾンビを撃破。


まだ全てのアンデットは倒し終えていないため、手放しでは喜べない。

それでも、討伐隊の士気は更に向上。


それに対して、黒幕の男は仮面の上からでも解るほど焦っていた。


「流石だな、アラッド……って、おい大丈夫か!!!」


手が空いている一人の冒険者がポーションを持ってアラッドの方に近寄ろうとするが、アラッドはうずくまったまま中々起き上がらない。


「く、来る、な……は、離れててくれ」


味方の問いかけに、大丈夫とは返事をしなかった。

何故なら……非常に不味い状況であることを自覚しているから。


(くっ、そ! まだ、まだ戦いは終わってないのに……や、ばい。少しでも、気を抜いたら……)


ドラゴンゾンビを討伐するのに必要だった加速時間。

あれがなければ、確実に討伐出来なかったのは間違いない。


しかし、その間アラッドだけにドラゴンゾンビの意識を集めるには、狂化を使うのが大前提。

使用し続けて注意を引かなければ、他の戦闘者たちに危害が及んでしまう。


ただ……あと、あと数秒遅かった。


(やば……い、意識が、沈、む)


完全に狂化が暴走した場合、使用者の意識は闇の中へ沈んでしまう。


その効果を知っているため、自分の体から血か出るほど握りしめて意識を起こしていたが、いよいよ限界が近づいてきた。


「ワゥ!!!!!!!!」


次の瞬間、一つの声が最奥の部屋に響き渡る。


「ク、ロ…………ふんぬぅああああああああああっ!!!!!!!」


相棒の声が聞こえた。

心配をかけた、もう心配をかけてはならない、なにより……ここでお荷物になる訳にはいかない。


それらの思いを込め、腹の底から自身の不甲斐なさに対する憤怒の声を上げた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……すまん、クロ。心配かけたな」


「ワフゥ~~」


主人の無事にホッと一安心し、自身の体をアラッドに押し当てて喜びを表現。


アラッドとしては、そのままクロのもふもふ毛に倒れ込みたいところだが、まだそうもいかない。


(さて……まだ、出来ることがある筈だ)


狂化の反動もあり、やや体が重い。

それでも気合を振り絞り、マジックポーションを口に入れた。


(クロは、相棒は完璧で最高の仕事をしてくれた。だったら俺も……最後まできっちり仕事しないとな!)


突撃から最奥の部屋に入ってからのサポートや、ドラゴンゾンビとの戦闘を考えれば、既に十分な戦闘を行っている。


しかし、そこで十分やったと意識を手放さないのがアラッド。


とある糸を生産し、とある人物の元へ伸ばす。


(まだ多少は悩んでそうだけど、後ろを確認する限り、もう向こうの戦力は数少ない)


完璧に詰みに向かう段階。

だが、悪党には悪党らしい選択肢が残っている。


それは……逃亡。


当然真正面から逃げるのではなく、なんらかのマジックアイテムを消費しての転移逃亡。


アラッドが運良くアジトを発見することが出来たが、ここで逃げられたら流石に捕らえるのは困難を極める。

逃げられればアウトだが……逃げる場合、どうしてもほんの数秒転移するまでに時間がかかる。


現在黒幕の男を攻めている実力者たちであれば、その数秒を使って護衛のゾンビが放つ攻撃に突貫し、決死の一撃をぶち込むことが可能。


「っ、致し方ない」


そう呟くと、黒幕の男はこの場で全員を潰すルートを選択。


自身の寿命を力に変えるという、目的を達成するために超重要なものである自身の時間を削り、勝負に出た。


(くっ! まだこんな力を残していたとは……駄目だ!!!! ここで弱気になってどうする!!!! あいつらの命を冒涜したこの男を倒すのだろ!!! アラッド君が全てを振り絞り、強敵を倒した……私たち先輩がその結果に応えないでどうする!!!!!!!)


マジットが自身を鼓舞した時……何かが自身の体に巻き付いた。

ただ、それは自分を縛るような感覚ではなく、魔力を纏った時の感覚に近い。


そして……マジットの背中を何かが軽く押した。

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