三百九十三話 見えない恐怖

どの方向から戦斧を振り下ろしても当たらない。


両手を地面に付け、渾身の突進をぶちかまそうとすれば、当然躱されてしまう。


小さな影が隣を過ぎたかと思うと、体のどこかが斬られと感じる。


「っ、っ、っ、ブルルゥアアアアアアアアッ!!!」


しかし、決してその暴走心が萎えることはない。

どこまでも……どこまでもその闘争心と怒りに従い、暴れ回る。


最初から今まで通り、地面や木々の状態など気にすることなく、標的である人間を殺す。


それでも、その体にはまだまだ切傷が増え続ける。

ミノタウロスが放つ一撃は、今でもアラッドの体を潰せる。


綺麗に一刀両断し、回復不可能な状態にし、勝負を終わらせる威力を持つ。


だが、いつからから、視界に標的である人間が映らなくなる。

気配が消えたわけではなく、周囲を警戒している巨大な狼はジッとしたまま。


感覚と状況から、標的が消えていないことは解る……解るが、全く見えない。

気配は感じているが、その気配に反応しようとすれば、既に自分の体に切傷が増えている。


見えてない敵にきざまれ続ける。

それはモンスターではなく、人にとっても十分恐怖となり得る。


「ッ!!!!!!!」


怒りに呑まれた状態になり、パワーアップを果たしたミノタウロスだったが、ここにきて僅かばかりの頭脳プレイを行った。


腐食の効果を携えた闇の斬撃。

それを体を一回転させながら発動し、円を描きながら斬撃を放った。


三百六十度を刻み、腐らせる攻撃であれば、見えない敵を捕らえるのも不可能ではない。


「っ、ブ……ァ」


しかし、機転の利いた一撃を放った直後、頭部に何かが刺さった。

その刺さった何かを理解する前に……ミノタウロスの意識は暗闇に落ちた。


「……はぁ~~~。やっぱりこうなるよな」


現在ランク五の魔剣、渦雷が所有者に与える能力、加速。

一度能力を発動すれば、使用者の体が耐えきれるまで絶えず加速する。


一定の速度まで即座に加速する訳ではないので、人によっては扱い辛いと感じる場合もある。


だが、アラッドは力がある並みの他種族よりも鍛えており、筋骨隆々ではないにしろ、見事な実用的細マッチョボディを持つ。

その体が耐えきれる限界値となれば……そこら辺のマジックアイテムによるスピードアップなど目ではない。


徐々に上がる速さを随時コントロールしなければならないが、渦雷には使用者の器用さを向上させる効果もある。

そのため、とんでもなく不器用でなければ、失態を犯すことはない。


「クロ、見張りありがとな」


「ワゥ!!!」


主人の圧巻な戦いっぷりに賞賛を送り、同時に一瞬でも助けようかと悩んだ自分を恥じた。


自分の命が危機に瀕した際、圧倒的な強者に文字通り命を懸けて挑んだ。

そして命辛々勝利を得た主人の強さは、やはり他を寄せ付けない常識外れ。


「さて、悪いがもう少しの間見張りを頼む」


「ワゥ!」


モンスターを倒せば、解体という次の仕事が待っている。


体に切り傷は多いが、体の大半を吹き飛ばす攻撃などで仕留めてないこともあり、素材として持ち帰れる部分が多い。

あっという間に解体を終えたアラッドは、肉や骨と一緒にミノタウロスが所持していた戦斧も回収。


(この斧の性能的に、殺した冒険者から奪ったって線は低いだろうな)


いわくつきの武器を好んで扱う戦闘者はいない。


頭のネジが三本から四本ほど離れている者が使う場合もあるが、それでも社会の表で動く者はまず使わない。


(冒険者の死体が欲しい屑が、ミノタウロスの目に見える場所に置いた……そして、形は崩れていても構わないから、とにかく死体を手に入れようとしたってところか)


絶対にそうだと断言は出来ない。


断言は出来ないが、アラッドはそうだとしか予想できなかった。

当然、マジリストンに戻り、直ぐに冒険者ギルドに今日体験した出来事を伝えた。

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