三百六十七話 偶々運が重なっただけ

「………………」


いつもは驚きながらも、数秒後には通常運転に戻る受付嬢でさえも、目の前の光景に……固まって動けなかった。


「……あの、大丈夫ですか」


「えっ? あ、はい!! えっと……しょ、少々お待ちください!!!」


「分かりました」


アラッドに声を掛けられ、ようやく元に戻る。


その光景を見て、他の固まっていた者たちも元に戻った。

中には呼吸を止めていた者もおり、何人かは咳き込んでいた。


「……い、依頼の品通り、ユニコーンの角……ですね」


受付嬢の言葉を耳にした者たちは、再度大きな衝撃を受けた。


そもそもの話として、アラッドが嘘を付いたり見栄を張ることはないと思っている。

少なくとも、ベテラン組はアラッドを信用している。


ただ……そんなベテラン組でさえも、今回の一件は信じられない出来事だった。


「あ、アラッド!!! お前、それいったいどうやって手に入れたんだ!!??」


唾が飛んできそうな勢いで肩を掴み、口を開く先輩冒険者たち。


いったいどうやって、そもそも遭遇することすら困難なユニコーンと出会えたのか。

その他諸々知りたい事がある。


普段のベテラン達であれば、まずは情報量がわりに飯でも奢ってから、そういった話を聞き出そうとする。


だが、今の彼らにそんな余裕はなかった。


「えっと……偶々運が良かった、としか言えませんね」


それが精一杯の回答だった。


元々アラッドはクロの殺気も借りて、ユニコーンが自分たちの殺気に固まった瞬間を狙い、角を斬り落として速攻で去ろうと考えていた。


しかし、変異体ケルピーとそれに従う三体の通常ケルピーという、丁度良い悪者がいてくれたお陰で、ユニコーンに悪い印象を持たれずに角をゲットすることが出来た。


実際にその場に遭遇するのにもかなり時間が掛かり、成体のユニコーンがアラッドに敵意という警告を向けてきた距離や、アラッドがその方向に目を向けた時には既に姿を消していたことなどを考えれば……本当に偶然が重なり合った結果としか言えない。


「う、運ってお前……そ、それだけなのか?」


「……そう、ですね。いや、自分にある程度力がなかったら無理だったとは思いますよ。ただ、今回の依頼は本当に運が良かったから達成することが出来た、としか言えませんね」


「そ、そうか……」


アラッドが自分たちに情報を漏らしたくないから、という理由で嘘を言っている様には思えない。


「あ、アラッドさん。こちらが報酬の金額になります」


「ありがとうございます」


受付嬢は自身が手に持つその金額に……手だけではなく、全身が小刻みに震えていた。


白金貨が三十枚。

冒険者ギルドの受付嬢ともなあれば、大金に触れる機会は決して少なくない。


しかし、白金貨三十枚という金額に触れる機会は、まずない。


(……大人の角とか指定はなかったし、子供の方で良いよな)


報酬を受け取ったアラッドは、ちょっとした罪悪感が心に残っていた。


ユニコーンの角の価値に関しては、同じく錬金術を扱うアラッドも理解している。

だからこそ……せめて片方は自分の欲の為に使いたかった。


「これ、お願いします」


「は、はい! かしこまりました!!」


依頼達成完了だけでは当然終わらず、アラッドは数日分の素材や魔石を提出。


その中にはケルピーの素材も含まれていたが……変異体ケルピーの素材だけは、ギルドに提出しなかった。


(よし、今日はクロに美味い飯を食わせてやらないとな!)


依頼達成報酬も含めて大金が手に入り、アラッドはゴルドスの中で有名な高級料理店へ直行。


従業員に頼み、クロに食べやすい高級料理を大量に持っていくように頼む。

アラッドはアラッドで高級料理を堪能。


そして会計時、従業員はその金額に少々震えながら口にしたが、アラッドはなんて事はない表情で支払う。

従業員の驚く顔を無視し、幸せいっぱいの気持ちでクロと宿に戻った。

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