三百三十五話 変わる意識

冒険者登録をし、冒険者としての人生をスタートさせたアラッド。


その日は依頼を受けることはなく、これから数か月は滞在するであろう街をブラブラと歩き……日が傾いたころに、外装から高級店だと解るレストランへ入った。


幸いにも従魔用のスペースがあり、従業員に良い感じの焼肉を食わせてやってほしいと伝える。


ドレスコードではないが、チラッと騎士の爵位を持っていると証明出来るバッチを見せると、従業員は超笑顔で対応。


今日が冒険者になった記念日ということもあり、パーッと豪勢な夕食を食べ始める。


値段など気にせず、じゃんじゃん料理を注文し……丁寧な所作で胃袋に運んでいく。

そんなアラッドをポカーンとした表情で視線を送る客がちらほらといた。


視線は向けるが、別に知り合いでもないので声は掛けない。

ただ……数人の客は、アラッドの表情に見覚えがあった。

見覚えがあるのだが……やはり容易に声は掛けられない。


「ふぅ~、美味かった」


満腹になり会計を行う。

その際、金額を口にする店員は少々震えた。

勿論アラッドはクロが食べた分の焼肉も払わなければならない。


それを考えると……どう見ても、思春期を抜けたのか抜けてないのか分からない青年が払える金額ではなかった。


「っ!!!???」


それを平然とした表情で懐から取り出すのだから、ギョッとした表情になってしまうのも無理はない。


「さっ、明日から仕事だな」


転生前は、あまり社会人になることに期待や楽しみといった感情はなく、働きたくないという思いが強かった。


しかし……今はそんな億劫な気分など一切無く、明日が来るのが待ち遠しかった。

そして翌日、アラッドは良くも悪くもない時間に目を覚まし、滞在場所と決めた宿の食堂に向かい、適当に朝食を頼み、完食。


生き生きとした表情で冒険者ギルドへと向かった。


「わぉ……予想以上のこみ具合、だな」


話は聞いていたが、朝の依頼書が張られているクエストボードのこみ具合に、若干引くアラッド。


必死過ぎるだろ、と思わなくもない光景だが、割が良い依頼というのは、冒険者にとって是非とも勝ち取りたい仕事。

そこにルーキーもベテランも、プロも関係無い。


(……待つか)


かなりテンションが上がっていたアラッドだが、目の前の光景を見て少し落ち着いた。


目の前の人だかりに入り込む勇気はないため、ある程度はけるまで待つことにした。

それは賢明な判断と言えるかもしれないが……先日ゴルドスにやって来たため、多くの冒険者が一度はアラッドをチラ見する。


一度も見たことがないソロの冒険者。


先日アラッドに殺しの経験はあるのかと尋ねた冒険者が、当時の様子を広めていないこともあり、殆ど素性は広まっていない。

ただ、ギルドの職員たちだけは「あれが、あのアラッド・パーシバル……」と思いながら、業務を進めていた。


そしてクエストボードの前から人がある程度はけた後、アラッドは椅子から腰を上げた。


(とりあえず、討伐系にしよう)


受ける種類の依頼を決め、ゆったりとした足取りでクエストボードに向かう。


「……これにするか」


アラッドが選んだ依頼は、バンデッドモンキーの討伐依頼。

依頼推奨ランクはD。


アラッドが受けるには丁度良い依頼ではある。


「これ、お願いします」


「か、畏まりました」


受付嬢はアラッドは侯爵家の令息だと知っている為、どうしても初対面だと緊張してしまう。


それでもプロであることは変わらず、淡々と受理の手続きを進めていく。


「依頼を受理しました」


「ありがとうございます」


身分が違う人間に対し、丁寧な言葉を使う。

この対応に受付嬢は、ほんの数秒固まってしまった。


(よし、お仕事頑張るぞ!!)


そんな状況など一切知らず、アラッドはワクワク顔をしながら、クロと一緒にバンデッドモンキーが潜む場所へと向かった。

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