二百七十四話 邪魔したら駄目だ、邪魔したら駄目だ

アラッドが実験場で作業を始めてから数十分後、一人の生徒が自身の作業を終え、腰を伸ばしていた。


「今日は、割と良い成果が出たな……ん?」


後方に顔を向けると、そこには馬の首から下……のような物があり、それを先程担任の教師と一緒に実験場に入ってきた生徒が弄っていた。


(馬の下半身……っ!!??)


作業を終えた生徒は、口から飛び出そうになる言葉を抑えた。


色々口に出したい思いはある。

ただ、実験場では基本的に大きな声を出すのはNG。

作業音であれば基本的に誰も反応することはなく、黙々と自身の作業を進めていく。


しかし、誰かが大きな声を出せば実験の妨げになり……最悪の場合、何かしらの暴発が起きる可能性が十分にある。

なので……実験場では大きな声を出してはならないと、常々言われている。


作業を終えた学生もそれを十全に理解しているので、開きそうになった口を自分の両手で抑えた。


(あれは……まさか、キャバリオンなのか!?)


実物は見たことないが、それでも噂だけは聞いたことがある。


有名な侯爵家の三男が、完全オリジナルのマジックアイテムを造った。

そんな馬鹿なことがあるか……なんて一蹴は出来ない。


怪物というのは、どこから生まれてくるのか、どのタイミングで誕生するのか解らないもの。

なので本当に錬金術という世界にのめり込んでいる者たちは、その噂をひとまずつまらない嘘だと断定はしなかった。


(そういえば、今年の一年生にかなり無茶苦茶な? 生徒がいると耳にしたが……もしや、この目の前の男子生徒が、そうなのか?)


ただキャバリオンの制作者の真似をしている……とは思えない。

この学生はまだ立場としては学生だが、その腕は一流に近い。


造る商品は、店でしっかり商品として売れるレベル。


だからこそ……目の前の男子生徒が憧れの真似をしているのではなく、本物だと感じた。


(……落ち着け、落ち着け。彼の邪魔をしてはならない)


一人の技術者として、同じ技術者の真似をしてはならないという思いがある。


しかし、噂の男子生徒がキャバリオンを造り上げるまでの様子をこの目で見たいという思いもある。

どうすれば良いか……結果、その男子生徒は限りなく自身の意志や感情を消し、対象を観察する暗殺者の如く、アラッドの作業光景を観察した。


見られるという状態すら、人によっては感覚が鈍ってしまう。

それを知っているからこそ、男子生徒は戦闘授業で魔法使いとして戦闘訓練に参加しているが、暗殺者の如き佇まいでアラッドの邪魔にならないように徹した。


そこからアラッドが作業を終えるまで、どんどん作業を見学する者が増えた。


ただ……驚くことに、その場にいる全員が暗殺者の如き佇まいを無意識に習得した。

彼ら彼女たちは最初からそんなことが出来た訳ではなく、学生たちにとって……学生になる前からオリジナルのマジックアイテムを造ったアラッドという存在は、憧れの的。


その憧れの作業を邪魔したくない……でも、作業光景は見たいという思いが、彼らに新しい技術を与えた。


とはいえ、アラッドはその視線に気付いていた。


(なんか、視線の数が増えてきてないか?)


モンスターと森の中で何度も何度も戦っていれば、気配を消すのが上手い暗殺者の様なモンスターと戦う機会もある。

加えて、虎人族コンビのガルシアやレオナがここ数年で足音や気配を消すのが上手くなり、その技術に適応するために……他者からの視線などに良く気付くようになった。


しかし、現在自分に向けられている視線にはあまり感情が含まれていない。

ただただ観察しているだけ……ということもあり、そんなに気にせず作業を進めることが出来た。


「よし……こんなところだな。うん……要望通り、だよな」


一時間ほどかけ、依頼されていたキャバリオンの制作を終えたアラッド。


作業が終われば当然……周囲で見学していた生徒たちが、アラッドを囲った。

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