二百四十六話 駄々こねたらデコピン

「あれ、アラッド様……その、どういったご用事で?」


訓練場に入ると、アラッドたちの登場に気付いた兵士は様子が気になり、思わず訓練場に何用なのかを尋ねた。


「これからシルフィーとアッシュの……譲れない気持ちを懸けた、模擬戦を行います」


「……なるほど?」


ご用件を尋ねた兵士は解ったような解らなかったような表情を浮かべ、とりあえず同僚の兵士、騎士たちにこれからシルフィーとアッシュの模擬戦が行われることを伝えた。


兵士、騎士たちは直ぐに壁際の方に移り、何故二人がいきなり模擬戦を行う流れになったのか。

それについて話し始めた。


(もしかして……そういうことなのか?)


兵士はシルフィーが訓練戦闘大好き。そしてアッシュがアラッドと似て錬金術大好きであることを知っている。

譲れない気持ちというのは、そこなのでは? という真実に辿り着いた。


しかし、何故二人が模擬戦を行う流れになったのかまでは解らない。


「え~、これからお前たちの模擬戦を始めるわけだが……シルフィー、アッシュ。この模擬戦で負けたとしても、約束した内容を覆すことは絶対になしだ。もし、駄々をこねれば……俺の本気デコピンがお前らの額に炸裂する。分かったな」


「「は、はい!!」」


アラッドの声質からマジだと分かり、二人の声は若干震えた。


勿論、今のアラッドが二人に本気デコピンを額に行ったら、頭が吹き飛んでしまうので、そんな事は絶対にしない。


ただ……模擬戦が終わった後に駄々を許すつもりは、一切なかった。


「それじゃ、審判は俺が務める……とりあえず、数分だけ体を動かせ」


アラッドの言葉通り、二人は軽く体を動かし……子供用の木製の大剣と細剣を取り出し、素振りを行い始めた。


(なんか……子供の頃、俺がドラングと戦った時のことを思い出すな……相手になんなかったけど)


昔を思い出し、圧勝したな~~と思いながらも、今回の戦いは自分たちの様な内容にならないだろうと感じている。


(戦闘の訓練に対する時間は、圧倒的にシルフィーの方が費やしてる。いや、まだ現在の年齢を考えれば圧倒的ってのは言い過ぎかもしれないけど……それでも、熱を注いでるのはシルフィーの方だ)


シルフィーもまた父親であるフールに憧れ……兄であるアラッドにも憧れている。

その二人に追い付く為、日々努力を積み重ね続け、少々苦手な魔法にめげずに挑戦している。


(訓練に費やした時間だけなら、シルフィーが勝ってるけど……アッシュも戦闘センスは負けてない。現時点で訓練時間の差で戦闘力が大きく開くとは思えない。最低限の訓練に関しては、真面目に取り組んでるしな)


アラッドの個人的な見解としては……戦闘のセンスはアッシュの方がやや上に思えた。

だが、シルフィーはそれを超えるほどの努力を積み重ねている。


正直なところ、アラッドはどちらが勝つのか全く予想出来なかった。


「そろそろ暖まったな。始めるぞ」


両者開始線に着き、構える。


「……始め!!!」


アラッドが模擬戦開始の合図を口にした瞬間に、様子見などするつもりはなく……シルフィーは速攻でダッシュ。


「はぁあああああっ!!!!」


気合一閃。

気持ちの良い上段からの振り下ろしでアッシュを叩き潰そうとするが、その斬撃はひらりと躱された。


「しっ!!!」


勿論、その一撃だけで攻撃が終わることはなく、連続で大剣を振り続ける。

連撃は適当に大剣を振り回している訳ではなく……全て腰の入った良い一撃。


あまり型にはまらないタイプではあるが、しっかりと基本は抑え、力は無駄に逃がさないようにしている。


(うんうん、良い攻撃だな。シルフィーたち同年代がどれぐらい強いのか知らないけど、多分並の令息たちじゃ、直ぐに潰されるだろうな)


それほどシルフィーの斬撃は八歳児にしては重く、鋭い。

令嬢が繰り出す攻撃とは思えない圧もある。


だが……今のところ、アッシュには一太刀もクリーンヒットしていない。

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