二百二十一話 全員で頑張っても、無理
「…………」
アラッドはぐっと飲み込もうとした。
ただ……今にも感情が爆発しそうなのが自分でも解る。
(今のはどう考えても……母さんのことを言ってるんだよな)
アラッドの母親、アリサは平民出身の元冒険者。
確かに高貴な身分の出身ではないが、それでもアラッドにとっては自慢の母だ。
それを目の前の大した関係も因縁もない、アリサのことを良く知らない令息が侮辱した。
(こ、殺しはしない、よね?)
母親を侮辱されたアラッドが微かに漏れた殺気と怒気が混ざったナニカを、まずは傍にいたベルが感じ取った。
「ふぅーーーーー…………お前は、随分と俺の相棒を馬鹿にするんだな」
「糸が相棒? こりゃ傑作だな!! やはり血筋ってのは重用だな~~」
更にアラッドの逆鱗に触った。
ここでレイ嬢たちもアラッドが必死に抑えている感情に気付いた。
(ッ!!! ……このバカが自ら招いた結果ではあるが、さすがに殺傷沙汰は良くない。アラッドが今後冒険者の道に進むにしても、そうなってしまえば足枷になるのは間違いない)
(さすがにそうなれば止めるのが一番の選択なのでしょうけど……)
(私に、その力は……ありませんわ)
(多分……私たちが全員で止めようとしても、アラッドは止められない)
四人の令嬢は、その眼で実際にアラッドが戦う様子を見たことがある為、自分たちの力では本気のアラッドを止められない事など、百も承知。
(下手に挑発するな、って俺が言っても聞かないだろうから何も言わなかったが……いくらなんでも言い過ぎというか無神経というか……いや、ただのバカか)
(ろ、ロンバーが死んだりしないよね?)
リオは完全にロンバーの程度に呆れ、ルーフはロンバーが悪いという事実は解っているが……やはりベルと同じく、この場で殺されてしまわないかが少々心配だった。
「御託は良い。お前は俺の存在が気に入らないんだろ。それなら、俺より強いと証明してみろよ。まさか、自分から絡んでおいて社交界の場だからそんなこと出来ないとか……日和ったこと言わないよな」
さすがにアラッドもロンバーをこの場で殺すつもりはない。
ただ、もうアラッドの中に平穏に……荒立てずに終わらせようという気持ちは一ミリも無かった。
「例え武器がなくても、男なら拳で殴り合うことぐらい出来るだろ」
「へぇ~~、糸ゴミ野郎が随分と強気じゃねぇか」
アラッドに対して強気過ぎるのはどっちだ!! と、アラッドの実力を知る者たちは一斉に心の中でツッコんだ。
「おらっ!!!!」
これから二人が本当に殴り合いを始める。
それを察した令息令嬢たちはゆっくりと二人から距離を取った。
そして舞台が整うと、まずはロンバーが勢い良く飛び出し、思いっきりアラッドに殴り掛かった。
(どんなスキルを授かったのかしらないが、素手で全く戦えないって訳じゃないな)
魔眼の鑑定を使っていないので、どんなスキル構成をしているのか分からない。
使えば丸裸にできるが……アラッドは鑑定なんて使うまでもないと、完全にロンバーのことを下に見ていた。
「せいっ!!!!」
「……」
拳だけではなく、比較的リズムよく蹴りまで繰り出す。
(大層な口を叩くだけはあるって感じか。でも、アラッドは俺らより断然身体能力が高いレイとの勝負に勝つ力を持ってる。それを考えれば……どんな奇跡が起きたとしても、ロンバーが勝つ可能性はゼロだろうな)
リオは二人の勝負に、殆ど興味がなかった。
唯一あるとすれば……それはアラッドがどの様な糸の扱い方で、ロンバーに勝つのか。
その一点のみ、興味を惹かれる。
「ちっ、逃げてばかりじゃつまねぇぞ、腰抜け野郎」
「そういうセリフは、一回でも俺に攻撃を掠らせてから言ったらどうだ」
アラッドも敵対者に対しては口撃で容赦することはない。
「嘗めんじゃねぇぞ!!!」
まだまだこれからだと言わんばかりに体を動かし続けるロンバーだが……既に自分が攻撃されてることに、全く気付けていなかった。
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