百七話 それだけが要因ではない
グラストとの訓練を終えてからチェス、リバーシの制作作業をこなして夕食を食べ終えた後、アラッドはフールに呼ばれて部屋にやって来た。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
メイドが淹れてくれた紅茶を一口飲み、相変わらず美味いと思いながらも緊張感が抜けない。
(父さん、随分と真剣な表情をしてるな。もしかして、街の近くに厄介なモンスターが現れたとか?)
厄介……もしくは圧倒的な力を持つモンスターの目撃情報が入れば、さすがに森の中に入ってモンスターと戦ってはならないと、待機命令が出てもおかしくない。
もしかしたら、そんな内容を伝えられるのかもしれない。
なんて展開を予想していたアラッドだが、フールの口から出てきた言葉は想像していたものと全く違った。
「アラッド、実はね……君にいくつか縁談の誘いが来ているんだ」
「……えっ」
後々、この瞬間に紅茶を口に含んでいなくて良かったとアラッドは深く思った。
何故なら……この状況で紅茶を飲んでいれば、絶対にフールの顔に吹き出していたからだ。
(いきなり、父さんは何を言っているんだ???)
確かに先日、初めて貴族やその令息、令嬢が参加するパーティーに出席した。
しかしその日、アラッドはドラングにパーティー内で友好関係などを築き上げる仕事は全てドラングに押し付け、一人で美味い料理をもりもりと食べていた。
「父さん、それは……本当です、か?」
「あぁ、勿論本当だよ。これらがアラッドと婚約関係を結びたいと思っている家からの手紙だよ」
「…………」
アラッドは目の前の現状が信じられず、何度もパチパチと瞬きを繰り返した。
だが、目の前の事実は全く変わらない。
「これが……全て、自分に向けての手紙、なんですね」
「その通りだよ。いや~~~~、息子がこんなにモテモテで私は嬉しいよ!」
テーブルの上に置かれた手紙の数は、どう考えてもちょっとどころの枚数ではなかった。
是非うちの娘を婚約者に!! と、願う手紙の数は数十枚以上。
この事実に、フールだけではなく傍に立っているメイドや老執事もニコニコと非常に嬉しそうな笑みを浮かべている。
「いや、その……俺としては困るというか。というより、何故俺にここまで婚約申し込みの手紙が……俺よりもパーティーに参加していて、他の家とも交友しているドラングなら分かりますけど」
ドラングはアラッドよりも先に社交界デビューを果たし、既に友人と呼べる者も何名かいる。
だが、アラッドは友好関係を広げるといった点に関しては、全く成果を果たせていない。
それに関してフールも咎めるつもりはないが、令嬢や令息の両親……特に父親視点から見たアラッドの評価は高かった。
「全ての手紙にアラッドのここが良いという点が書かれているんだけど、殆どの手紙にハッキリとした意思が……芯がある。そこが一番評価されていたね」
「そ、そこがですか……確かに俺は冒険者になることを第一目標にしていますが、それは基本的に毛嫌いされる内容だと思いますけど……何故でしょうか?」
「アラッドの目には目指そうという気持ちに、憧れ以外の気持ちがあるからじゃないかな」
(憧れ以外、ね……それはそうだな)
冒険者という職、生活を楽しみたいという気持ちが強い。
それは自身も理解していた。
だが、それが各家の者たちに気に入られるとは全く思えない。
「それと、まぁ……これはアラッドの気構えというよりも、イグリシアスさんが他のパーティーでアラッドのことを褒めていたから、というのが強い要因かもしれないね」
(……ぜ、絶対にそれが要因だと思います、父さん)
九割九分九厘、そのせいだ!!!!!!
と、心の中で盛大に叫んだ。
だが、決してそれだけが手紙を出した理由ではない。
あのパーティーの場でアラッドと顔を合わせた大人たちは、皆アラッドの異様性に気付いていた。
しかしそれは変に……悪い方向に向いている訳ではない。
そんなアラッドに将来性を大きく感じ、各家はパーシブル家に……正確にはアラッドに向けて手紙を出した。
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