百五話 高く分厚い壁を越えるには
「はぁ~~~、やっぱりまだまだ敵いませんね」
「まだまだ現役の騎士ですからね」
素振りなどの基礎訓練を終えたアラッドの元に騎士長であるグラストが訪れ、二人は木剣のみを使って模擬戦を行い始めた。
全ての手札を使った戦いであれば、もう少し良い戦いを行えるのだが、木剣のみと手札を縛った状態ではまだグラストの方が断然格上であった。
「ただ、確実に剣技の腕は上がっているかと」
「ありがとうございます。やっぱり現役の騎士にそう言ってもらえると嬉しいです」
子供らしい笑みを浮かべるアラッドに対し、グラストは僅かではあるがその成長度合いに驚いていた。
(糸というアラッド様だけのスキルを持ちながら、それでもメインの武器はロングソード……そう言わんばかりの実力。この先どれほどの力を身に着けるのか……楽しみで仕方ありませんね)
現時点で全く心が歪んでいないので、間違った方向に進んでしまうのでは? という心配は一切していない。
(正直なところ、何も知らない状態で授かったスキルは剣技だと言われれば信じてしまう)
紛れもなく、アラッドが授かったスキルは糸。
これは間違いないのだが、全く鍛錬を怠らない日々と実戦での研鑽が重なり、そう錯覚してしまうほどの腕前を身に着けていた。
「……グラストさん、最近のドラングはどうですか。さっきチラッと訓練場であいつを見たんですけど、あんまり疲れが取れていないように思えて」
「そう、ですね……最近では、夕食後にも素振りを行っています。私たちの方から休むべき時間には休んだ方が良いと伝えたのですが」
既に騎士や兵士達の方からドラングに休んだ方が良いとは伝えている、伝えているのだが……本人は全く止めようとはしない。
息子の異変を感じ取り、フールもドラングにさすがにやり過ぎだと……我武者羅にやり続けても体に負担が掛かるだけだと優しく諭すように伝えた。
だが、それでもドラングの執念を振り払うことは出来なかった。
「フール様の方からも伝えられたのですが、今のままじゃあなたを越えられないと言われたようで……」
「な、なるほど……そうなんですね」
心を鬼にして止めなければならない場面だったかもしれない。
ただ……フールも才能だけで登ってきた男ではない。
越えたい壁が幾つもあり、それらに対して膨大に積み重ねてきた努力で打ち破ってきた。
それ故に、最低限の睡眠は取りなさいというだけで説教は終った。
「あんなに疲れ切った状態で稽古をしても意味がない……とは言いませんけど、あまり効率は良くないと思います」
「普通はそうかもしれません……ですが、越えたい壁が高ければ高いほど、並みの努力では超えることが出来ない。それもまた事実です」
ドラングに対して、アラッドはまさにその高い高い壁だった。
才を持っていても、そこに並の努力を重ねても超えられない高く、分厚い壁。
だからこそ……驕ってはいられない。
二度勝負を挑み、真っ向から捻じ伏せられた。
その時の記憶は今も脳裏に鮮明に残っている。
「目標はフール様を超える騎士になるとおっしゃっていますが、当面の目標は身近なライバルであるアラッド様を超えることです。それが達成するまで……現在の様な無茶は止めないかと」
アラッドも中々に無茶な生活を送ってはいるが、ドラングの無茶とは内容が違う。
そしてアラッドにはその無茶を難無く乗り越えられる力がある。
しかし、ドラングは無茶を重ねれば重ねるほど体に負担が圧し掛かる。
成果は少しずつではあるが、現れている。
ただ……それでも日々の様子は周囲の者を心配させていた。
「そうですか……あいつが無茶を止めない理由がそうだとしても、負けてやるつもりはありません」
単純に自分に対して敵意に近い感情を向ける者に対して負けたくないという気持ちもあるが、わざと負けたところでドラングの嫉妬や怒りとうの感情が消えはしないのが目に見えている。
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