第73話 さらなる援軍!

「後方から敵襲てきしゅうです! 輜重部隊しちょうぶたいがやられました!!」


 後ろから駆けてきた兵士の叫びが、ガラ空きになった敵の門へ向けて突撃指令を出そうとしていた覇鈴はりんの動きを止めた。


「チィッ、敵の援軍か!?」


 肩越しに振り返る覇鈴の言葉を、報告してきた兵士が否定する。


「違います、T.S.O.のプレイヤーじゃない……三オンの、のヤツらです!」

「なんだって!?」


 驚きを隠せない様子で馬をひるがえす。その彼女の視線の先に現れたのは青色をベースとした軍装を身にまとった騎兵たちであった。


「ちっ、アイツら横からエモノを奪うつもり──って、あの旗印はたじるしは!?」


 覇鈴は攻撃を指示しようと振り上げていた槍を横へと払って声を上げる。


「みんな! 攻撃目標変更!」


 後方から現れた青の騎兵隊は小覇王しょうはおうの軍より兵数が少ない。

 一気に蹴散らしてから、その勢いのままに敵のギルドハウスをとす。


 覇鈴は一瞬の間に決断した。


「また、ウチのジャマしくさって……今日こそはとっ捕まえて首刎くびはねたるわ──ベンジャミンっ!!」

 

   ◇◆◇


「え? 援軍!?」


 チャットから流れてきたぴーのの言葉に聞き返しつつ、僕はバルコニーから身を乗り出して、ザフィーアが示す方向を確認しようとした。

 魔法の爆発で発生した黒煙が湖の方へと流れていき、開けた視界の向こう、丘の上に青色の鎧に身を包んだ騎兵たちの姿が見える。

 横でザフィーアが突然頓狂とんきょうな声を上げる。


「ベ!?」

「べ?」


 僕が問い返すと、ザフィーアが慌てて身を起こして釈明する。


「あ、えっと、その旗印が……」


 説明するよりも見た方が早いと、ザフィーアが僕に対物たいぶつライフルのスコープを覗くように言ってきた。


「あ、うん」


 床に這うようにして片眼でスコープの中を覗く。中央にひるがえる青い旗。そして、その中央には大きくカタカナで『ベ』と記されていた。


「ベ……だね」

「べ……よね」


 身体を起こして、ザフィーアと視線を交わしてから、もう一回バルコニーから上半身を伸ばして、門の外の様子をうかがう。

 手前にいる赤い軍装の一隊の旗印は『』だ。おそらく部曲名か、指揮官の名前なんだろうなと思っていた。正直、ちょっとカッコイイかなとか感じていたのだが、さすがに『ベ』はないと思う。

 それはともかく、僕は頭を眼前の戦場へと切り換えた。

 赤の騎兵たち、覇軍が向きを変えていく。おそらく、青色のベ軍を迎撃げいげきするつもりなのだろう。

 ベ軍もその意図いとを察知したのか、中央を厚くした逆三角形の陣へと移行し、丘の上から一斉に駆け下りてきた。

 ジャスティスの大声がチャットから飛び出してくる。


[ねぇっ! 魔法ぶちかまさなくていいのっ!?]


「今はダメ、様子を見てから……それよりも、前庭の様子を、クルーガーさんとイズミとリィンは扉の前まで下がって、くーとギルティも二階のバルコニーへ──」


 そう指示を出しつつも、僕の目はずっと外の戦場に向いていた。

 ベ軍が覇軍へと激突する。

 その激しさに、一瞬、そのまま覇軍を撃破できるかと思えた。しかし、覇軍の陣が薄青うすあお色に輝き、ベ軍の先鋒を受け止めたかと思うと、そのまま、ベ軍の矛先ほこさきを受け流すようにゆっくりと陣形を動かしていく。

 その時だった、隣にいるザフィーアが、また驚いたような声を上げる。


「もしかしてベンジャミン!? あの先頭にいるの!」

「!?」


 僕はギリギリまで身体を伸ばして目を凝らす。

 ベ軍の先頭で、旗持ちのNノンPプレイヤーCキャラクターを背後に従え、勢いよくほこを振り回して敵中を駆け抜ける騎兵。

 青く光る兜の下から金色に煌めく髪をたなびかせた、碧眼へきがんの美青年武将──って、言われてみればリアルのベンジャミンそのものに見える。

 あ、いや……そういえばベンジャミン、三オンやってるって言ってたっけ。


軍神ぐんしんベンジャミン……」


 こちらを見上げてくるザフィーアの視線で、僕は思わず口に出して呟いてしまったことを悟った。


「いやぁ、キャラクターの名前を本名にするって、ありえないよね……旗印だってカッコワルイし、さすがに『ベ』はナイヨネー」


 まさにタハハという感じの笑いでごまかそうとする僕だったが、ザフィーアはいたってマジメに。


「あのベンジャミンよ?」


 一刀両断。

 ぴーのが会話に割って入ってくる。


[細かいことはどうでもいいから、いつでもパーティ同盟受け入れられるように準備しておいてね]


 その言葉が終わらないうちに、僕の視界に同盟申請が入ったというアラートが表示された。

 見ると、ベ軍の先頭を駆けていた騎兵が、門の前までたどりつき、こちらに向かって槍を振っている。

 僕はぴーのが言うがままに同盟申請を受け入れた。


 部曲【緑林軍りょくりんぐん】、部曲長【ベンジャミン】以下、32人のプレイヤーの名前リストがずらっと流れた。ちなみに、ベンジャミン一人を除いて、他の全員の名前は漢字だった。


[ハーイ、リョウジ、これで良かったデスかー? あ、ワタルとカヅキも無事デスかー?]

[もしかして、ベンジャミンなの!? よかった、助かったよー!]


 同盟チャット内に聞き覚えのある訛りの強い日本語が流れ、すかさず、くーちゃんが反応する。

 そこへ穏やかな声が続いた。


[ゆっくり話したいところだけど、そうもいかないみたいだね。小覇王も体勢を整えつつある。このまま門を守ってもいいけど、制限時間までしのぎきるのは正直難しいよ]


 もしかしなくてもガウかなと思ったけど、今はそれを確認する暇がない。

 僕はコホンと小さく咳払いしてから、頭の中で状況を整理しつつ返事をする。


「えっと……ベンジャミン軍でいいのかな、ま、いいや。とにかく、相手の赤い軍なんだけど、湖の方へ誘導することはできる?」


[それくらいならオヤスイゴヨーです。部隊を二手ふたてにワケましょー、そちらはランオーに任せマース]

[わかりました]


 詳しい説明を要求せずに、ベンジャミンは簡単に引き受けてくれた。おそらくガウのキャラクターであろうランオーと呼ばれた武将、遠目なのでハッキリとはわからないが、ベンジャミンの横にいる仮面の騎兵だろうか。ベンジャミンと二言三言交わしただけで、半分に分けた部隊の一つを率いて覇軍の側面へと向かっていった。

 ベンジャミンの部隊はランオー部隊に注意を逸らされた覇軍の一隊に横から突撃をしかけ、隊が怯んだ隙に、今度はランオーの部隊が騎乗したまま矢を射かける。

 その反復攻撃を繰り返すことにより、覇軍を自然と密集隊形へと移行させていく──

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