第61話 とある中堅ギルドの受難②

「アンタたち、T.S.O.のプレイヤーだろ?」


 騎兵たちの中から、青年が進み出てきた。

 他の兵士たちとは異なり、一人、金色の刺繍ししゅうほどこされた緑色のマントをまとっている。この兵団の指揮官だろうか。

 みくるんは、状況がわからず怯みかけたが、一応、ギルドマスターであるという立場を思いだし、勇気を振り絞って一歩前に出た。


「T.S.O.のプレイヤーか? って、当たり前じゃない。ここはT.S.O.のゲーム世界の中なんだから」


 そう返したみくるんだったが、同時に疑問がわき上がってきた。

 T.S.O.の仕様では馬に乗って移動したりすることはできるが、その場合、装備している武器や盾は自動的に外れてしまう。それは馬に乗った状態で戦闘を行うことができないからだ。

 だが、目の前にいる兵士たちは剣や槍を装備したまま騎乗している。T.S.O.ではありえない状態だ。


「あんたたちこそ、なんなのよ」

「俺たちはだ」


 ぶっきらぼうな青年騎兵の答えに、キョトンとするみくるん。


「へ?」


 予想だにしない内容に、思わず地が出てしまう。

 その彼女の様子に、周りの騎兵たちからあざけるような笑いが起きた。


「バカっぽいキャラだな、話にならん」

「やっぱり、T.S.O.みたいな萌えゲーのプレイヤーは、頭もそのレベルってコトかよ」


 その声に、みくるんよりも先に狼装束の戦士が反応した。


「ああん? 今、なんつった!?」


 凄みながら、声を上げた騎兵の一人へと近づいていく。


「うちのリーダーに向かって舐めたクチきいたのは、オマエかぁ!?」


 そう言いながら、青年が騎兵の馬を小突く。

 いや、本人は小突いたつもりだったのが、瞬間、ダメージエフェクトが発生した。


──ヒィィィイイン!?


 馬は驚いたように大きくいななき、前足を上げて竿立ちになってしまう。

 鞍上あんじょうの騎兵が必死に姿勢を立て直そうとする。


「コイツ!?」


 騎兵たちが一斉に色めき立った。

 だが、一番驚いていたのは狼装束の戦士だった。

 彼はエモーション──感情表現のつもりで小突いたのであって、まさか攻撃扱いになるとは想像もしていなかったのだ。

 そもそもT.S.O.ではプレイヤー同士での戦闘行為どころか、ダメージを与えることそのものができない。

 だが、騎兵たちには、そこまで忖度そんたくする義理はなかった。

 一斉に武器を構えて反撃に出る。


「ちょ、ちょっと待て、って──オラァッ!!」


 戦士は迫り来る騎兵に戸惑いつつも、反射的に剣を構え直して迎撃げいげき態勢に入った。


「うおおおおっっ!」


 気合いと共に振り下ろされる剣から衝撃波が放たれ、数人の騎兵がまとめて吹っ飛ばされた。


「なんだ? コイツら、見かけ倒しかよ」


 吹っ飛ばされた騎兵は、そのまま落馬してしまい、残された馬はどこかへと駆け去ってしまう。


「オラオラ、さっきまでの強気はどこにいったんだよ」


 剣を肩に載せた格好で、騎兵たちへとじりっと近づいてく戦士。

 今の一撃で、あきらかな実力差があることが判明していた。


「オラ、さっきうちのリーダーをバカにしたヤツ、出てこいよ」


 完全に優位に立ったと確信したのか、強気の表情を浮かべた戦士がゆっくりと進み出ていくと、それに合わせて騎兵たちが退いていく。


「今のうちに謝るんなら、穏便に済ませてやってもイイんだ──」


 戦士が言い終える前に、緑のマントを羽織った騎兵が高々と手を挙げる。それと同時に落馬した騎兵たちが後方へと駆け出し、それを庇うように残りの騎兵たちが一斉に前進し、整然と隊列を組んだ。


「なんだよ、やる気か! さっきの見てただろ。アレだけレベル差があったら、ダメージなんか食らわねぇよ」


 戦士のいうことはもっともだった。一撃で吹き飛ばされるということは、モンスター相手で考えた場合、まともな戦闘にならないレベルの差である。T.S.O.での常識だった。


 ──T.S.O.なら。


 だが、騎兵たちは違った。緑のマントを羽織った指揮官は言った。自分たちは三オンのプレイヤーだと。


 指揮官を中心に整列した騎兵たちが薄赤い光のエフェクトを放ちはじめる。


「突撃!」


 その命令と共に、騎兵の先頭集団、数騎が一斉に戦士へと突撃してきた。


「だから、オマエらの攻撃なんか効かねぇ──!?」


 駆けてくる騎兵に向かい、戦士は再び大きく剣を振り下ろして、衝撃波を放つ。

 だが、次の瞬間。

 

 ──ジュギィインッ!!


 音を立てて衝撃波の方が弾かれた。


「ちょ、ちょっ──!!」


 狼狽する戦士へ、騎兵の集団が襲いかかり、剣や槍を容赦なく突き立てていく。

 みくるんが慌てて背後の仲間たちに声をかける。


「このままじゃ、ヤバイ、アイツを助けないと!!」


 その声に応じて、少年魔術師が詠唱をはじめ、巨大なファイヤーボールを生み出して、騎兵の中心へと打ち込んだ。

 しかし、それに気づいた緑のマントの指揮官が腕を後ろから前へと大きく振った。

 すると、後陣の騎兵たちが一斉に弓を構え、飛んでくる炎へと集中射撃を浴びせる。

 こちらの兵士たちも薄く光る赤いエフェクトを身に纏っていた。

 

 ──バゴォォォン!!


 轟音ごうおんと共に消滅する炎球。

 

 後続の騎兵たちはそのまま前衛部隊を左右から迂回するように前進し、みくるんたちを包囲しようと馬を進めてくる。

 メガネの神官が怯えたような声を上げて後ずさりし、そのままの流れで逃げ出してしまう。

 そして、その動揺が伝わっていったのか、みくるん側のギルドメンバーたちは一斉に彼の後を追い始める。


「ちょっと、アンタたち、アイツを見捨てる気!?」


 みくるんは焦りの声を上げたが、倒れて動かなくなった戦士の身体を越えて、自分の方へ向かってくる騎兵たちの姿に気持ちが折れてしまった。


「くそっ……!!」


 短く言葉を吐き出してから、自分も仲間たちの後を追う。

 そして、その視界の端で、赤く光っていた狼戦士の身体がモザイクに分解されて宙へと消えた──


 ○

 

 みくるんたちは這々ほうほうの体で王都トルネリアまでなんとかたどりつくことができた。

 仲間を見捨ててしまった後ろめたさもあって、彼女らは、王都のプレイヤーたちに、仲間が一方的に三オンのプレイヤーに殺されたと大々的に触れ回った。

 そして、さほど時を置かずに、リアルで新たな個人情報流出が発生したことが確認される。

 被害者は東京に住む一人の男子高校生。先ほど、三オンプレイヤーとの戦闘で死亡した、みくるんのギルドメンバーの一人であることも、流出情報の内容から明らかになった。


   ◇◆◇

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