第二部

第五章 乱世オブ夏休み

第59話 三大VRMMO融合事件

 ──三大VRMMO融合事件。


 三つの人気VRMMOゲームが、突然一つの世界へと融合してしまったというニュースは、またたく間に拡がった。

 もっとも、ゲームをしない人々にとっては「ふーん、で、それで?」といったレベルの話題でしかなく、中には「あ、情報流出事件がまだ続いているんだ」とため息をつく人がいるくらいだったが。

 ただ、実際にプレイしている当事者たちにとっては、まさに天地がひっくり返るような事件であった。


 今回、融合したのは、【トルネリア・サーガ・オンライン】、【三国兵乱さんごくへいらんオンライン】、【Heavenlyヘブンリィ Bulletsバレッツ Onlineオンライン】の三つのゲームサービスだった。コンセプトも仕様も全く異なる三つのゲームシステムが融合するなど、普通は想像すらできないだろう。

 最初は僕も「何を言っているのかワケがわからない」と、混乱してしまったのだが、いろいろな情報を入手していくうちに、おぼろげながらも全容が見えてきた。


 システムPolarisポラリス、ゲーム会社ノーザンライツが量子サーバシステム用に開発した、MMORPGを構築するための基本ゲームエンジンだ。三つのVRMMOゲームは、全て、このPolarisをベースに開発されている。それぞれの開発運営会社は異なるが、三社とも、もともとはノーザンライツ社内の開発チームで、それを子会社として独立させたという経緯があった。そのため、この三つのVRMMOゲームは三つ子といっても、あながち間違いでは無い関係にある。


   ☆


 T.S.O.内、WoZワンダラーズ・オブ・ゼファーのギルドハウス大広間。


「なんか途方とほうも無い話だねぇ……」


 長く息を吐き出してから、天井を仰ぐロザリーさん。その隣でクルーガーさんが苦笑する。


「私はシステム開発とかには疎いので、そうなんですね、としか言いようがありません」

「まぁ、理論的には可能なんだけどさ」


 珍しく会話に参加しているぴーのが、呆れたような感心したような様子で腕を組む。


「こんな面倒なこと、フツーはやろうと思わないよね」


 ギルドメンバーが集まった会議用の大テーブルの上には、いくつもの情報ウィンドウが開かれており、各所から集められた内容が表示されている。

 大雑把おおざっぱにまとめると、T.S.O.の世界の中に、H.B.O.のプレイヤーは巨大都市ごと移動してきたということ、逆に三オンのプレイヤーは各地に散らばる形で出現した。


「フツーはやろうと思わない、ってことは、コレは人為的な事件だってことなのかい?」

「そりゃ、そうでしょ。こんなこと偶然起きるなんてことはありえないよ」


 ロザリーさんの疑問を、ぴーのがばっさりと切り捨てる。


「重要なのは、誰が、なんの目的でやったのか? って、ところだよね」


 そこまで言ってから、ぴーのは隣で考え込んでいる少女へと視線を向けた。

 視線に気づいたサファイアさんが困ったように眉をひそめた。


「正直お手上げです。T.S.O.だけではなく、三オンとH.B.O.の開発会社もパニック状態になってしまっていて、原因究明どころじゃないといった状況なんです」


 サファイアさんのプレイヤーはリアルでは警察官──しかも、結構高い地位にいるらしく、T.S.O.の情報流出事件から一連の事件の捜査に携わっている。「あまり口外しないでくださいね」と前置きしてから、現実世界での状況について話してくれた。


 あらためて確認すると、それぞれの開発運営会社は以下の通りになる。

 T.S.O.は株式会社ノースリード、三オンはSHINSEIシンセイ株式会社。そして、H.B.O.が株式会社ライツフィールドという企業だ。そして、この三社の共通の親会社が、日本でゲーム開発の長い歴史を有する、株式会社ノーザンライツである。

 もともと、大規模なVRMMOゲームの開発運営を行うにあたり、効率化を考えて開発チームを分社化させたのだが、今回の混乱はそのことも原因の一つである。

 情報流出事件の時は、T.S.O.単体の問題だったので、ノースリード一社に現場対応を集中させることができた。だが、今回は他の二つの会社も巻き込んでしまったことから、全体をとりまとめることが難しくなってしまっているのである。


「それでも、急ぎで親会社のノーザンライツに対応部署をつくるっていう話にはなっているんですけどね……」


 サファイアさんが言うには、原因調査やプレイヤーへの対応などの実務は、それぞれの会社に任せざるをえない。

 政府や警察からの要請や、各会社同士の連携のための調整をノーザンライツに集中させるにしても、リーダーシップを取ることのできる人間が存在しないことから、単純に右から左へと通過させるだけの組織になりそうで、ボトルネックになりこそすれ、解決のための効果は見込めなさそうだとのことだった。

 ここまで説明して、心底疲れたように息を吐き出すサファイアさん。

 ロザリーさんが労るように「お疲れさん」と肩を叩く。

 僕も同じように声をかけてから、サファイアさんに問いかける。


「今回、僕たちが協力できるようなことはありますか?」

「あ、いえ、とりあえず今のところは……」


 サファイアさんが慌てたように手を振った。


「とにかく情報を集めつつ、対応の方針を定めて、実行する組織を再編する。これが現状やらなければならないことです。そして、それはリアル世界での私たちの仕事です。アリオットさんたちは、に巻き込まれないように、今は自重してください」

 そう言ってから、「もちろん、協力が必要なときは、あらためてお願いしますから」と言葉を付け加える。


 ──不測ふそく事態じたい、つい先日発生した、三オンプレイヤーキャラクターによる、T.S.O.プレイヤーキャラクターの殺害事件。


 僕たちは、はからずも同時にため息をついてしまうのだった。

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