第52話 見捨てることなんてできない

 姿を現した闇王やみおうの迫力に、ボス部屋へと飛び込んだプレイヤーたちの勢いが一気に霧散むさんする。


「ちょ、ちょっと、さすがにこれはやべーってばよ!」


 狼風おおかみふうの衣装をまとった青年が狼狽ろうばいしきった声を上げる。


「こんなん、オレたちだけでどうこうできるレベルじゃねぇーっつの!」


 その声をきっかけに、プレイヤーたちは我先にと部屋の中からこちらの方へと逃げ出してくる。

 当然のように僕らは道を空けた。

 だが、彼らは部屋から駆け出してくることができなかった。


「とりあえず一度部屋の外に……!!」


 真っ先にたどり着いた青年の身体が、なにかにぶつかった様に部屋の中へと弾き戻されたのだ。


「なぁっ!?」


 あきらかに動揺する部屋の中のプレイヤーたち。

 それは僕らも同様だった。

 よく見ると開け放たれた入口全体にうっすらと青い光を放つ半透明の壁が見えていた。


「おい、冗談じゃねーよ、開けろよ、おい!!」


 透明な壁を殴りつけながら、こちらに声をかけてくるが、そう言われても僕たちにはすべがない。

 そんな状況の中、ついに部屋の中の巨像、闇王やみおうが動き出す。


「ちょっと、後、うしろっ!!」


 ジャスティスが部屋の奥を指さして声を上げる。


「うわあああっ!」

「ちょ、ちょっとアンタたち、なんとかしてっ!?」


 パニック状態に陥りながらも、ネコミミ少女の叫びをきっかけに武器を構えて、戦闘体勢を取るプレイヤーたち。

 インテリ風の眼鏡をかけた神官が防御の奇跡を唱え始め、隣で魔法使いの少年が攻撃魔法の詠唱えいしょうを始める。それに気づいた他の後衛職たちも、それぞれ攻撃準備に入った。

 ただ遠距離攻撃や支援ではなく、近接攻撃を担当する前衛職の面々は、武器を構えたもののどうしたらよいか判断できずに立ちすくむばかりだ。

 そんな中、詠唱を終えた魔法と、狩人や盗賊が放った矢がそれぞれ光の尾を引いて闇王へと放たれる。

 一拍おいて轟音が響き渡った。さすがはこの階層までやってくるプレイヤーたちというべきか。相応の攻撃能力を持っている。


「でも、このままじゃ……!!」


 僕の隣でギルティが焦りの声を上げる。

 矢はともかく、魔法や奇跡は連発できない。詠唱などの準備動作で無防備になったところへ、闇王の手の一つから円刃えんじんが投げつけられる。


「よけろぉっ!!」

「うああああああっ!?」


 狼風の青年の声に、後衛のプレイヤーたちはなんとか回避するが、体勢を崩してしまい、魔法の詠唱どころか、次の攻撃に備えるのが精一杯という状態に追い込まれてしまった。

 魔法などでの攻撃ができたのは最初だけ、その後は敵の攻撃から必死に逃げ惑う烏合うごうしゅうと化してしまったのだ。


「みんな、これ見て!!」


 そんな中、ミライが声を上げた。

 視線を向けると、扉を塞ぐ半透明の壁、そこに手を出し入れしている。


「そうか! 一方通行ってことか!!」


 僕は思わず声を上げてしまっていた。

 ボス戦から逃げることはできないが、後から助けに入ることはできる。


「でも……」


 僕たちが助けに入ったくらいで事態を好転させることができるとは到底とうてい思えない。

 そもそも、そんな無謀な状況に仲間たちを巻き込むこともできない。

 僕は無意識のうちに唇を噛みしめていた。

 一方通行だと僕が言った声が聞こえたのか、中にいるネコミミ少女が懇願こんがんするような表情を浮かべてこちらに走ってきた。


「お願い……助け」


 その姿にエルフの少女の姿が一瞬オーバーラップする。


「あぶない!」

「うしろっ!!」


 ミライとイズミが同時に声を上げた。

 音を立てて伸びきった太い触手が斜め上から振り下ろされ、ネコミミ少女の身体を簡単に吹き飛ばす。

 ボールが弾むように床に打ちつけられて動かなくなる少女。

 次の瞬間、身体が赤く光って動かなくなる。瀕死ひんしの状態だ。規定時間以内に蘇生させないと死亡してしまう。


 ──そして、今はキャラクターが死亡した瞬間、あの忌まわしい情報流出というペナルティが発生してしまう。


 僕は身体ごと振り返って仲間のみんなに頭を下げた。


「ゴメン! どうしても見捨てられない。だから危険だとわかってるし、申し訳ないと思うけど、でも、手伝って欲しい!」


 僕は必死に言葉をつむいだ。


「僕たちだけであのボスを倒せるとは思っていない、今、必要なのはとにかく時間稼ぎなんだ。中にいる人たちとどうにか連携して、戦線を立て直して、三大ギルドのみんなが戻ってくるまで耐えきれば……」


 それでもリスクが高いことはわかっている。いくら三大ギルドの精鋭だとはいえ、戻ってきて戦闘に加わってくれたとしても闇王を倒せるとは限らない。この部屋の中に入ったら最後、おそらく戦闘に勝利するまで外に出ることはできないのだ。と、いうことは、たかだか僕の感情ひとつで、仲間たちをとてつもなく分の悪い賭けへの参加を強制するということになってしまう。

 頭では理解している。でも、このまま中のプレイヤーたちを見捨てるというのだけは、絶対にイヤだった。完全に個人的な感情であり、みんなを巻き込むなんて言語道断だ。でも、どうしても僕は割り切ることができなかった。


「ちょっとは冷静になりな! どうせ、あんたはそんなこったろうと思ってたよ」


 ロザリーさんの拳が頭に落ちる。


「え!?」


 突然のツッコミに僕は思わず固まってしまった。


「……本当なら絶対に止めるべきなんでしょうけど、私一人では無理なようです」


 サファイアさんが盛大にため息をつく。

 クルーガーさんが微笑みながら武器を構えなおし、その後では年少組が気合いを入れた表情で僕に視線を集中させている。

 叱られると思っていた。場合によっては無理矢理この場から引き離されるかも、とも。

 だが、仲間たちは僕以上に僕のことをわかってくれていたのかもしれない。

 サファイアさんが表情を引き締める。


「とにかく、瀕死状態のあの子の蘇生が最優先です。その後は戦線の再構築ですね」

「今のところ敵の攻撃は数パターンだけですね、触手の攻撃、手にした八つの武器による攻撃。そのうち特に危険なのは後方まで飛んでくる円刃一つ。残りの武器は触手と同じ攻撃範囲だとみて大丈夫だと思います」


 そうまとめてくれたのはクルーガーさんだった。


「複数の攻撃を同時に受けなければ、わたしとロザリーさんなら攻撃を凌ぐことはできるかと」

「防御に専念すれば私もなんとかできると思います」


 クルーガーさんの言葉に続きながら、サファイアさんが両手杖から片手用の戦棍メイス大盾おおたてへ装備を変更していた。


「蘇生と回復役のくーちゃんさんと、指示を出すアリオットさんの護衛は私に任せてください」


 頭を押さえて呆然とする僕をよそに、てきぱきと戦闘前の打ち合わせが進んでいく。


「ちょっと、しっかりするっ!!」


 今度はくーちゃんが僕の背中に活をいれてきた。


「あ、う……うん、そうだよね!」


 僕は頭を切り換える。今は、いろいろ考えている時間はない。


「ロザリーさんとサファイアさん、それにイズミは中にいる神官系の人を見つけて、そこを中心にフォローして戦線を立て直して! あとはクルーガーさんの言ったとおりに防御に専念して!」


 全員から了解の声があがる。

 ロザリーさんが周りで事態の急変について行けていない他のプレイヤーたちに声をかける。


「私たちは今から中に援護に入る! もし、協力してくれるって人がいたらパーティ同盟組むから申請よこしな!」


 サファイアさんが言葉を続ける。


「あと、どなたかこちらへ向かっている三大ギルドの偵察部隊に連絡を! 今、この場に関係者がいないようでしたら、少し戻った先にある拠点にサウザンアイズのパーティが待機しているはずです、そこへ現状を報せて急ぐように伝えてもらってください!」


 結果、二組計十二人のプレイヤーが同行を申し出てくれた。パーティ同盟を組んでコミュニケーション周りの機能を共有化する。そして、残りの二組のうち一組が情報を伝えるためにこの場を離れ、もう一組が不測の事態に備えて僕たちの代わりにこの広間に待機してくれることになった。

 同行を決断してくれたプレイヤーたちに短く礼を述べた後、簡単に状況をシェアする。

 パーティリーダーの一人、黒い鎧に身を包んだ壮年の戦士が頷いた。


「とりあえず、了解だ。俺たちも防御に徹して敵の攻撃を分散させればいいんだな」

「頼みます……それでは皆さんお願いします!!」


 僕のかけ声に応答が重なり、全員が一斉に部屋へと雪崩れ込んでいく。

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