第53話 闇王戦、序盤

「くー、こっち!! サファイアさん防御お願いします! ギルティたちは援護お願い、敵の攻撃が来そうになったら声出して回避優先ね!」


 僕は真っ先に瀕死状態のネコミミ少女へ駆け寄りながら、声を張り上げる。

 ギルティが僕を中心に防御結界を張り、ジャスティスとミライの双子も支援系の魔法を準備する。

 視界の端でロザリーさん、クルーガーさん、イズミがそれぞれの方向へ散っていった。


 くーちゃんが一足遅れで到着し、ネコミミ少女の横に跪いて蘇生の奇跡リザレクションの準備に入る。

 蘇生リザレクションは高位の奇跡なので、発動まで時間がかかる。しかも、その場を動くことができない。

 奇跡の発動開始を確認して、僕もギルティの結界に重ねがけする形で、防御の奇跡フォースシールドの詠唱を始めた。

 その時だった。


「攻撃来るよ、右っ!!」


 蘇生リザレクションに反応したのだろうか、赤色の瞳を持つ山羊頭の一つがこっちを見たかと思うと、円刃えんじんを持つ手がこちらに向き、激しい勢いでこちらへと投げつけられる。


雷の矢ライトニングボルト!」

疾風の矢ウィンドアロー!」


 双子が放った黄金と翡翠ひすい色の光が円刃に激突する。止めることはできないまでも多少勢いを削ぐことができたか。

 サファイアさんが鎚矛メイスを投げ捨てて両手で大盾を構えて立ちはだかった。


「ふんぬぅぅぅ!!」


 普段は絶対に出さない気合いの入った声を上げつつ、正面から円刃を受け止める、いや、僅かに盾に角度をつけて受け流すつもりか。

 その意図は成功した。大盾との間に耳障りな金属音と火花を散らしながら円刃はそのまま床へと転がっていった。


「そのブーメランみたいの取っちゃえ!」


 ジャスティスが駆け寄ろうとしたのを、ギルティが静止する。


「ダメ、触手が!!」


 転がった円刃を取ってしまえば遠距離攻撃の手段を一つ奪える。そういう判断だったのだが、敵もそう甘くはない。触手の一本がするすると伸びてきて素早く円刃を回収して腕へと返してしまう。


「ムッキー!!」


 地団駄じだんだ踏んで悔しがるジャスティス。だが、円刃が床に転がってから回収されるまでの間は遠距離攻撃はない。その時間は貴重だ。


「アリっ! この子生き返った!!」


 その声に振り返ると、さっきまで床に横たわっていたネコミミ少女がキョトンとした表情で身体を起こしていた。

 僕は急いで側に駆け寄る。


「詳しい説明は後、今はとにかく時間を稼ぐから!! とりあえず、パーティ同盟組ませてっ、戦線を立て直さないといけないから!」


 僕の必死の剣幕に押されたのかネコミミ少女はただ頷くだけで、僕の指示に従ってくれた。

 ネコミミ少女経由で、先行組全員の情報が僕の情報画面にも加えられる。

 防御をサファイアさんたちに任せて、僕はパーティ同盟の共有チャットに切り替えて指示を出す。


「現在の目的はとにかく敵の攻撃を凌いで援軍を待つことです。パーティを再編しますので、それぞれのリーダーに従って動いてください!」


 戦闘状態にある全てのメンバーの位置と職業などをざっと把握しながら、WoZのロザリーさん、クルーガーさん、イズミをリーダーにしてパーティを組み直していく。助けたネコミミ少女が先行組のリーダーだったことが幸いした。勢いのままに権限も全て譲ってもらったので、僕の独断で編成を組むことができる。


「ギルティ、リーダーが足りないからお前も行って! できるよな!?」


 その僕の突然の指示に、一瞬、不安そうな表情を浮かべる弟。だが、間を置かずに頭をブンブンと振って、決意を秘めた表情でキッパリと応えてきた。


「うん、わかった!」

「さっきも言ったとおりに安全第一で時間稼ぎだぞ! 左奥のクルーガーさんの方へ向かって!」


 僕の指示に小さく、しっかりと頷いて駆け出していくギルティの背中を見送りつつ、僕はさらに情報を整理しつつ、戦場全体の状況把握をはじめる。自分の防御は気にしない。そこはもうサファイアさんと双子に任せる。

 戦線崩壊してしまっていた先行組のメンバーをWoZのメンバーを中心に再編成したパーティに、僕たちと同時に参戦してくれた二組を併せて六組、そこに僕とサファイアさん、双子、蘇生したネコミミ少女の組を加えた合計七組のパーティ同盟ができあがる。



「こっからが本番だ」


 味方たちの動きが冷静を取り戻し始めるのを確認してから、改めてこれからの動きを検討する。

 ネコミミ少女こと、みくるんさんは召喚術士しょうかんじゅつしだったらしい、自分なりに状況を把握したのか精霊獣せいれいじゅうケットシーを召喚してくれた。

 ケットシーは二足歩行するネコの姿をした召喚獣で、直接的な攻撃能力にこそ乏しいものの、プレイヤーの移動速度や回避能力を高めることができる。特に大きいのが敵の攻撃対象になったパーティメンバーを光で教えてくれるという危険感知スキルで、この状況ではとても助かる。

 暴走気味とはいえ、ラスボスに挑もうとするだけはあって、それ相応の経験と能力を持っているということなのだ。正直、足を引っ張られることを覚悟していたが、その心配は無用のようだった。

 僕は再び戦場内のプレイヤーたちに指示を飛ばす。


「防御優先なのは変わらないですけど、敵の動きとか、なにか気になることがあったら遠慮無く言ってください。分析と確認はこちらでやります。なので、どんな些細ささいなことでもお願いします!」


 WoZのメンバーたちの返事に続いて、その他のプレイヤーたちからも了解の声が返ってくる。

 そして、余裕が出てきたのか、一部の組の魔法使いや狩人たち、遠隔攻撃担当のプレイヤーが、敵の弱点や行動パターンを探ろうとする攻撃態勢へシフトしはじめていた。

 情報画面に出ているボスキャラのHPを示すバーも僅かではあるが減少の度合いが速くなってきた。効率的とは言い難いがダメージを与えていることはできている。

 サファイアさんが両手で大盾を構えたまま声を上げる。


「今、偵察部隊の人から連絡ありました、さっきキャンプ地を抜けて、全速でこちらに向かってるそうです!」

「と、いうことは、遅くても四十分はかからない……みんな踏ん張って!」


「「「おうっ!!」」」


 檄を飛ばすと同時に、僕は今までもたらされた情報の断片の整理を始める。

 チャット音声が記録されたログリストに視線を走らせつつ、気になったことがあったら仲間に報せて確認してもらう。

 そうこう繰り返しているうちに、闇王の攻撃パターンが見えてきた。三つの山羊頭は瞳の色、赤・青・緑で区別することができ、それぞれ特徴を持っているようだった。また、六本ある腕も二本ずつ、腕輪の色で山羊頭とリンクしていて、同じ色の腕は同時に攻撃してこない。そして、凶悪な円刃を持つ腕は赤い腕輪のヤツだけなので、赤瞳の山羊頭の視線を気にしていれば事前に察知できそうだ。


「青の眼がこっちを向いたよ、気をつけなっ!!」

「今のうちに距離を取ります、メガネの神官さんのところへ」

「緑きますっ! 陣をはるんでオオカミさん防御頼みますっ!」

「触手くるぞっ! 避けろっ!!」

「MPが残り少ない、回復するから少し時間をちょうだい!」


 チャットチャンネルを切り替える暇もないので、同盟チャット内にプレイヤー全ての声が飛び交う。とっさに編成したパーティなので、互いに名前を確認する余裕もなかった。だが職業や外見などでなんとか最低限の連携は取れているようだった。


 そして、一進一退の攻防──というか防御九割だけど、を続ける中で、ついに弱点といえる部分を発見する。


「弱点がわかった! 触手の付け根の光ってるところ、触手が攻撃してきたときに隙ができるから、その時に狙えばダメージを与えられる!」

「それなら……っ!!」


 僕の声に応じてロザリーさんが向かってくる触手の一本に突っ込んでいく。


「うおりゃああああっ!」


 交差させた両手の斧を上手く使って触手を受け流しながら、パーティメンバーへ叫ぶ。


「今だよっ!!」

「おうっ!」


 ロザリーさんのパーティの後衛に所属する魔法使いと狩人、さらには隣にいたもう一つのパーティの後衛も攻撃を放ち、触手が伸びきって露わになった根元の赤い宝石のような部分に同時に命中する。


 ──ひぎゃおおおうぅぅっっ!


 闇王の身体が大きく震え、一瞬、赤の腕の動きも止まる。

 同盟チャット内に初めて歓声が飛び交った。

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