第473話 悪ィなァー、たまらなく好きなんだ。下ネタってやつがよォ

 場所が場所、相手が相手なので自ずとある種の疑惑が生じたようだが、アクエリカともユリアーナともなにもなかったと説明すると、ギャディーヤがものすごく不信丸出しで太い眉をひそめてくるので、デュロンはとても心外であった。


「マジか……ふゥーん、デュロンくんは鋼の理性をお持ちなんですねェー」

「なんだその含みのある言い方……腹立つなー、もう顔が腹立つわ」

「そんだけ辛抱コイてりゃ、さぞかし溜まるもんが溜まってんだろォよ。さァそのそそり立つでけェやつを、この俺に目一杯ぶつけて来ォい!!」

「そろそろ院のガキどもが起き出してきてんだよ、誤解を招く表現は控えろ!」

「男同士の肉がぶつかるというのも悪くないわね! そのドロッドロに煮詰まったアレをパッと花火のように昇華するのよ!」

「アンタらの語彙は全部夜専用なんだよ、陽が暮れるまで黙っててくれよ!?」


 叫んだ勢いに任せ、デュロンは獣化変貌と拡張活性を使い、ギャディーヤと同等の巨漢に成り上がる。

 デュロンの現状についてはアクエリカから聞き及んでいるはずだが、ギャディーヤも横で見ているレミレも、驚いた様子で瞠目した。


「ほォ、なかなかでけェじゃねェか。だがでけェだけのハリボテじゃァしょうがねェよな」

「そうよね。硬くて逞しく、そして持久力がないと!」

「これ俺が不純なのか……?」


 言っている間に、ギャディーヤが掌を構えて距離を詰めてくる。

 以前の対戦時はスピードと手数で押し切ったが、今はただでさえ調子が悪い上、慣れない拡張活性の練習中なため、それができない。


 いざパワー勝負を挑むに際し、肉薄する巨漢を目の当たりにして、ぶつかる寸前にデュロンは悟った。

 このまま漫然と迎え打っても圧し敗ける。普段から巨体である者とはやはり練度が違う。


 刹那の内にデュロンが想起したのは、夢の中で発した自分の台詞だ。

 人間時代の武術で言うところの、重心を低くする技術をさらに機能的に押し進める。


 拡張活性を使う際に生じる、地の底へ伸びる肉の根のようなものをイメージした。

 錨を下ろしたように足腰の安定が増すのを感じ、確信とともに前へ出る。


「おォッ!?」


 突進の威力が乗ったギャディーヤの強烈な突きを、額で受けるデュロン。

 踏ん張る足が引く轍はすぐに止まり、反転攻勢、大味に拳を振るう。


「ふぐゥ!!」


 ウーバくんのときほどではないが、なかなかの手応えを得た。

 ギャディーヤは腹を抱えてたたらを踏み、尻餅をついて呟く。


「……なるほど、こいつァ確かに大したもんだァ」

「わーん、わたしのギャディが効かされちゃったわ! 感じさせられた! 調教済みなのね!」

「レミレの姐さん、ガキどもが集まってきてるからマジでそれやめて」


 ギャラリーがあるから萎えたというわけではないが、拡張活性を解いて元のサイズに戻ったデュロンを見て、レミレがポンと手を叩き、哲学的な顔で頷いている。


「なるほどね?」

「おいそこのエロ妖精、俺の拡張活性のなにを見てどう納得したのか言ってみろ」

「いやしかし考えてみりゃ膨張率すげェよなァ、1、8倍くれェあんじゃねェ?」

「膨張率って言い方やめてくれる? 変な含みができるから」

「ぼうちょうりつってなに?」「せんせいにきいたらわかるかな?」

「ガキども、その言葉は大人になるまで胸に仕舞っとけ、ぜってーユリアーナさんに質問すんなよ。俺との約束だ」

「別にエロい言葉じゃないのよ、熱でガラスが歪むのも膨張率のせいだもの」

「じゃあなんで今俺をジロジロ見てんだよ、アンタが言っても説得力がねーんだよ」


 せっかくベルエフが授けてくれた技術が汚された、悲しい。彼もこんなつもりで授けたつもりはないだろうに。

 という冗談はさておき、真面目な顔に戻ったギャディーヤが、わらわら集まってくる優しいガキども二十人くらいに助け起こされながら、正直な評価を口にする。


「とはいえ……半年前に食らった、チビのままのお前の拳の方が、俺にはずいぶん重く響いたがなァ」


 なにも答えられないデュロンを見て、凹ませてしまったと感じたのか、お道化た仕草でフォローしてくるギャディ公。


「今がダメって言ってるわけじゃねェぞ。わかりやすく同じくれェのサイズ感でぶつかれるように、筋密度をちょい下げて最大までデカくなったんだろ? それで今のパンチなら、上出来だと思うがねェ」

「だといいけどな……」


 そうしてなにかを思い出したようで、なにやらニヤニヤ笑い始めてこう言った。


「さすがに成長が早ェもんだなァ。スランプに陥ってすらなおこの強さ、さすがは〈予言の子〉様々ってわけだァ」

「ちょっ……マジやめろそのイジリ方、つーかどこで聞いた!?」


 初めて会ったときと変わらないアルカイックスマイルで、冷静に答えるレミレ。


「なにを言ってるのデュロン、わたしたちが誰の直属か忘れた?」

「聖下に直接か、そりゃそうか……でもいちおう重要な符丁のはずだろ、こんなとこで言いふらすなよ!?」

「機密扱いはされてねェ、意味がわからなきゃ意味のねェ言葉だ、問題はねェ」

「くそーこいつら、こんなんなのに俺より全然頭いいのが腹立つわー……」


 プーックスクス! と揃って口元を押さえ、肩を震わせて煽ってくるレミレとギャディーヤ。

 そういやこいつらウォルコ共々、元々敵だったのを忘れていた。拡張活性で殴りたい。


「いやァしかし、ブフッ……そのツラで〈予言の子〉は無理があんだろォー」

「顔は関係ねーだろ!? なんだよ〈予言の子〉に相応しい顔って!?」

「えーでも〈予言の子〉っていったら、もうちょっと愛嬌があると思うんだけど。うふふ……一口に〈予言の子〉といっても、〈予言の子〉には〈予言の子〉としての品格というか、〈予言の子〉としてあるべき……」

「アンタは〈予言の子〉って言いてーだけだろ、ほらガキどもが真似してるから!」

「よげんのこってなにー?」「よげんをするのー?」「なんなのー?」


 意味もなく輪になり踊り出すガキどもに、ギャディーヤは上手くすっとぼけてみせている。


「俺様にもよくわからねェ、だが〈予言の子〉様はすげェんだ。みんなで讃えろォ! ァそれ、〈予言の子〉ォ!」

「よげんのこ!」「よげんのこ!」「よげんのこったら、よげんのこ!」


〈予言の子〉舞曲というわけのわからないものが自然発生し、悪意ゼロで囃し立ててくるガキどもの声に紛れ、両脇から近づいて肩を組んでくるギャディーヤとレミレは……いつになく真剣な声音と表情で囁いた。


「もしお前が本当に〈災禍〉を討つ者なら、俺は当然全力でバックアップするぜェ。その機が来たら駆けつけて、お前の邪魔をする奴ァ、俺が全員ブッ飛ばしてやるよ」

「あなたがそうしてくれるなら、デュロン、わたしとしても嬉しいわ。ラムダ村でなにがあったかは、聖下から聞いた……外道だろうと極悪だろうと構わない。もうわたしのギャディには、二度と死に目に遭ってほしくない。悪いけどわたしは、代わりにあなたを死地に送るわ」


 過度な期待を背負うのはいつものことだ。

 変わらず虚勢の笑みを浮かべ、大言壮語を発するデュロン。


「それが運命だっつーなら、俺が逆らう理由も特にねーよ。〈悪魔の王〉ってのがどんなか知らねーが、俺に殴れる相手なら殴ってやる。アンタの死んだ兄貴が、それで少しでも浮かばれるなら」


 意味もわからず連呼するガキどもの声に、不思議とデュロンは祝福されている心地がした。

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