第462話 やってることが完全にジャンキー
一気に優位に立つことができたにも関わらず、依然としてスティングは嫌な予感に背筋を苛まれていた。
ここからの再逆転があるとすれば、ウォルコも「アンネのメソッド」を活用していきなり覚醒するか、助勢が来るか、あるいは……。
「……形象は狼、属性は力」
ウォルコが荷物から取り出したのは水盆である。〈爪〉で己の腕を斬り、流れる血を注ぎながら簡潔に詠唱する。
妨害を試みるスティングの攻撃を、ウォルコは全開の魔術で弾き散らしてくる。
自棄になったかと思ったが、そうではない。
外から魔性を得るに際し、自力の在庫を気にする必要がなくなったため、そうしているに過ぎないのだ。
「第三十の悪魔フォルツ、我が元に顕出せよ!」
水盆から立ち上がった暗黒物質が収束したかと思うと、見る見るうちに色素が薄まり、恐ろしいほど透明感のある、美しい毛並みを持つ狼の姿を取った。
その特徴的な双眸と正面から見合い、スティングは昔得た知識と照らし合わせた。
毛細血管の透過による、赤い瞳孔や虹彩……これはたとえばヴィトゲンライツ家のような遺伝性の銀髪とも、吸血鬼が本気を出すときに眼が紅に染まるのとも異なる、いわゆる
悪魔に地上の生体形質が適用されているのは不思議ではあるが、スティングは悪魔についてはほとんどなにも知らないし、実際に見るのも初めてである。
動物に憑依する彼らを霊体と定義するなら、フォルツの放つ霊圧とでも呼ぶべきものに、スティングは怯み、相手の出方を見るしかない。
なにせ相手がどういう存在で、どういう立ち位置なのかがわからない。
ウォルコが召喚したからには、ひとまずスティングの味方であることはないだろう。
迂闊に手を出すのは控え、スティングは逃走含めて選択肢を探る。
結果的にその慎重さが、吉と出たか凶と出たかはわからない。
普通の獣であるかのように、ウォルコの周囲を意味もなくウロウロと歩き回りながら、狼の悪魔は気さくな口調で話しかけている。
【どうしたね、ウォルコくん? 今日の支払いはもう終わったはずだろう? それとも完済を早める気になったかな?】
なんの話をしているのか、スティングにはまったくわからないが……ウォルコが浮かべた笑みと、発した答えの危険性は理解できた。
「いいや、逆だね。
【まったくきみも好きものだ、だがそう来なくっちゃね】
白き狼が獅子の心臓あたりに吸い込まれたかと思うと、混ざり合う二者の魔力が礼拝堂内に吹き荒れた。
どうやらここからが本番のようだと、スティングの顔は苦笑で歪む。
先月末の決闘で、デュロンに狼の悪魔フォルツを、ファシムに孔雀の悪魔アイオニヌスを憑依させたとき、悪魔を現世に呼び寄せ引き止める媒介となる生贄は、ウォルコが己の血で
ただしヒメキアレベルの魔力含有量なら数滴程度で足りるものも、ウォルコの薄い血では、その場で失血死したとて足りるものではなく、それを見越したウォルコは、昔からの放浪や旅行で得た伝手の一つを頼ることで、次善の策としての実現に漕ぎ着けていた。
すなわち〈はじまりの
なのでその支払いが終わるのが、だいたい今月末くらい。一日に供出する量は再生能力を前提とすれば大したものではないのだが、それも毎日となると結構キツく、ここ最近は貧血で体力がかなり下がっていた。
だがそれがあと何週か伸びたところで、この場での敗死を免れるなら安いものだ。
しかもフォルツは驚くほど協力的な悪魔で、簡単に屈服し力を貸してくれる。
なにやらウォルコのことを気に入ったとか、精神世界の中で言ってくるのだが、どうやらそれは嘘でもないらしい。
アイオニヌスとどっちにするか迷ったのだが、フォルツにして良かった。だってあっちは見るからに気が強そうだったもの。
「キターッ、コレコレ!」
病みつきになりそうな全能感は、すでに眼前まで穂先の迫っている、スティングの
様子見はナシだ、一気に行く。
普段なら相当魔力を搾らないと出せない、半年前の戦いではデュロンへ最後の一撃として出した必殺の〈籠〉も、悪魔の魔力を借りれば、まるで通常技かのように容易に空中へ描き出すことができた。
同時多重で発動したいくつもの〈爪〉を、果実のような形に組み並べる。
その一端がスティングの槍衾に触れた途端、収斂された爆圧に乗じて、悪魔の魔術である膨大な衝撃波が伝播し、部屋一杯の刃をまとめて粉砕する。
「なっ……!?」
舞い散る無数の破片の中、構わず突っ込んだウォルコは、驚愕に彩られたスティングの顔面を、勢い任せにブン殴った。
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