第447話 この下品さで聖女は無理でしょ
「おまえら、なのれよー!」「ユリアーナせんせいになにかしたのかー!?」「なにしにきたんだよー!?」「あほなのかー!?」
先頭に立って勢いよく食ってかかってくる数人の男の子に対し、よほど癇に障ったのか、アクエリカは苛立ちの臭いを発しつつ、表面上は笑みを繕って話しかけた。
「ねえ知ってる? 普段ああして着込んでるからわからないかもしれないけど、あなたたちの院長先生、すんごくおっぱいが大きいのよ」
「第一声それで大丈夫か? アンタ最低にも程があるだろ」
アクエリカらしさ満点のクソアプローチだが、男の子たちは
「そうなんだ?」「せんせいはおとなだからなー」「おれちいさいとき、せんせいとおふろはいったことある!」「おれしってる! せんせいってかみがすっげーながいんだぜ!」
「このガキどもの純粋さよ。引き換えアンタの汚れぶりはどうなんだよ」
「おかしいわね、大好きな先生を巡って仲間割れを起こせるはずだったのに、思いのほか掻き回せていないわ。まあまだ精通しているかわからない彼らではこんなものかしら、つまらないわね」
「いちおう言っとくけど、今日のアンタずっと発言がゴミだからな」
そしてユリアーナは同性の子供たちからもしっかり慕われているようで、ませた気の強い子たちを中心として抗議に詰め寄せる。
「ユリアーナ先生は大天使な聖女様なのよ!」「あんたみたいなビッチと一緒にしないでよ!」「変な青いヒラヒラの服着て、ばっかみたい!」「わたしたちの院長先生に近寄らないでよ!」
「おーおー、そんでまたアンタ、一部の女の子たちにドギツイ嫌われ方してんぞ」
「わたくし、一部の女の子たちからドギツイ嫌われ方をしがちなタイプなの」
「知ってる、すげー知ってる」
嫌な予感しかしないのだが、案の定アクエリカは美しい所作でサイドの髪を耳にかけて微笑みながら、ヘドロのごとき暴言を吐く。
「あらあら、まだ月のものも来ていないようなちんちくりんですっとんとんの小娘どもがピーチクパーチクとやかましいことね」
「アンタ一人だけクズの記録更新する競技でもやってんのか!? アンタ実は今日結構調子悪いだろ、良かったら対応代わるぞ!?」
そもそもアクエリカに子供の相手が向いているとは思えない、デュロンの方が多少マシだろう。
現にアクエリカはちょっと汗を掻いていて、かなりいっぱいいっぱいな様子だ。
このままだと本当に取り返しのつかない発言をしかねない(もうすでに相当だとは思うが)とデュロンが危惧し始めたところで、幸いにも善意の第三者が割って入ってくれた。
「おや、なにやら揉めているようだけど、大丈夫かな?」
半開きになっていた正面扉から、ガタイの良い軽装の若い男が顔を覗かせ、穏やかな声を掛けてくると、子供たちが口々に訴え始めた。
「あっ、キケさん! いいところに!」「いまとりこみちゅうなんだ!」「どうしようキケさん、変な人たちがいるよ!」
キケという愛称で呼ばれる彼は、幸いにも剣呑な表現を鵜呑みにすることはなく、アクエリカとデュロンを冷静に観察した後、前者に尋ねた。
「まあみんな落ち着いて。あの、もしかしてあなたは、かの有名な〈青の聖女〉アクエリカ様では?」
「いかにもわたくしが〈青の聖女〉でしてよ」
満足そうに微笑むアクエリカだったが、子供たちから巻き起こるのはブーイングだった。
「あおの……なんて!?」「聖女!? 聖女っていうのはユリアーナ先生みたいな人のことでしょ!?」「にせものなんじゃねえのー!?」「ありうる……だってこの下品さで聖女は無理でしょ」
「本当にうるさいわねクソガキども、煮て焼いて食ってやろうかしら」
「うわー! こわい!」「魔女だ!」「
「……デュロン、今からわたくしがすることは見なかったことにしなさい♡」
「待て待て、なにする気だアンタ」
大人気なくブチ切れまくるアクエリカをデュロンがなんとか抑えていると、キケ氏がフォローしてくれる。
「こらこら子供たち、失礼はそのくらいにしておきなさい。隣の金髪のお兄さんが
「おっしゃる通りでございましてよ。お口添えありがとうございます。ところであなたは」
まだ半信半疑の子供たちが睨んでくるのを無視して、アクエリカが男性に問うと、にこやかに名乗ってくれる。
「申し遅れました、僕はこの近所に住んでいるエンリケ・ホプキンスという者です。仕事が暇なとき、こうしてここに畑のお手伝いとか、あと他に力仕事なんかあったりするときは、多少は役に立ったりしてるかなーみたいな……」
「キケさんすっげーパワーなんだぜ!」「さかだるをらくらくはこんだりするんだ!」「それに優しいし!」「
どうやらエンリケは男の子たちには腕力で、女の子たちには物腰で慕われているようだが、本人はデュロンに詫びるような視線を向けてくる。
「そう言ってくれると嬉しいけどね、本職を前にしてそんなことを言わないでほしいかな。俺なんかより、こっちのお兄さんの方が断然強いんだぞ?」
「いや、どうだろう……たぶん互角くらいなんじゃねーかな」
デュロンは職業柄、かわいい女の子を見つけたときよりも、強そうな男に出会ったときの方が、観察眼が鋭くなる傾向がある。
エンリケ・ホプキンス、茜色のマッシュヘアで薄めの顔つきなので、パッと見では線の細い印象を受けるが、実際は骨格が角張っていて、両耳のピアスと蓄え始めた顎髭がよく似合っている。年齢は二十歳くらいと思われる。
身長百八十センチ程度、柔らかいもっちりとしたタイプの筋肉を服の下に隠し持っているのが見て取れ、概して体重、ひいては膂力もデュロンと同程度と見立てた次第である。
だが子供たちは納得がいかないようで、今度はデュロンに文句の矛先が向いた。
「えーそうかなー!?」「キケさんの方が強いでしょ」「だってあいつちびだしー!」「頭も悪そうだよねー」
「……おいちょっと待て。今チビっつった奴、怒らねーから前出ろコラ」
「落ち着きなさいデュロン、相手は子供よ」
「アクエリ姐さん、今から俺が遂行するのは〈夜〉の仕事だ。なにもなかった、いいな?」
「やめなさい、あなたのベナンダンテとしての霊格が落ちるわよ」
いよいよ混迷を極めるロビーに、ようやく主が戻ってきた。
「ちょっとみんな、なにを騒いでいるんですか? あっ、エンリケさん、こんにちは! いつもありがとうございます!」
ユリアーナは豊かな金髪を、前髪は真ん中分け、後ろ髪はハーフアップにまとめてきていて、これが彼女のキメの髪型のようだ。
デュロンからは似合っていてかわいいということしかわからないが、エンリケも同様のようで、元からにこやかなのが、さらに喜色満面になっている。
「いえいえ、どういたしまして。それよりユリアーナさん、どうも子供たちがお二人を誤解しているようで……」
「ああ、ごめんなさい。みんな、こちらの二人は私のお客さんなので、安心して作業に戻ってくださいね。せっかくエンリケさんが来てくださってますから、彼の指示に従ってもらう形にしましょうか。すみませんエンリケさん、そういうことでお願いしてもいいでしょうか?」
エンリケは歯を見せて笑い、腕まくりをしながら号令を発した。
「あはは、任せてください! ほらみんな、行くよ!」
「よっしゃーいくぞー!」「まあ、先生とキケさんがそう言うなら……」「へんなことすんなよー、まじょとちんぴらー!」「心配だな」「あの青い服ってぜったい魔女の服だよね」「ねー」「しをつかさどる〈あおきし〉って、あいつかな?」「かも……」
子供に懐かれるというだけで、ユリアーナとエンリケが羨ましい。
そう思ったのはデュロンだけでなく、アクエリカも……いや、この蛇はそんなことを考えまい。
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