いざ枢機卿会議へ
第393話 しかしそれが、他のなによりも嬉しい
時を遡り、ハロウィンの夜が明けた11月1日のこと。
一晩中眠らずソネシエに訓練の相手をしてもらったデュロンは、悪魔憑依中に覚えた〈最適調整〉の感覚を、忘れないよう体に叩き込むことには成功したはずだった。
だがやはり頭の方が疲れていたのだろう、朝食の席で居眠りをしてしまったのが悪かったのか。
妙な夢を見てしまい、嫌な予感はしていたのだ。
11月が始まった、最初の数日間は絶好調だった。
だが徐々に持ち崩し、比例して眠りも浅くなっていった気がする。
そうして7日の朝、午前の戦闘訓練に臨んだとき、ついにそれが起こってしまった。
「ぶあっ!?」
「お!? なんね!?」
サイラスがデュロンをあっさり蹴り飛ばせてしまったことで、拍子抜けして叫んだのも無理からぬことだった。
その後何回やっても同じで、ついにはっきり指摘せざるを得なくなった様子だ。
「おいおい……お前、大丈夫ね? むしろ前より動きが悪くなってるね?」
「わ、わりー……おかしいな……」
いつも通りに虚勢の笑みを浮かべてみせるも、手足の震えを隠せない。
サイラスは不調の原因をすぐに理解したようで、長い前髪の下で眼を曇らせた。
「理想の動きを意識しすぎてる……ってわけでもなさそうだね。とりあえず、オイラと戦うのはやめとくね。あとは、えーと……」
最近はだいたいそうなのだが、ラグロウル族の戦士たちが訓練に混ざりに来てくれている。
何人かが手を止めて不思議そうに見てくるのを気にせず、サイラスは周囲を見回して言った。
「リュージュと、ベナクもやめといた方が良さそうね。オイラ、教官殿に伝えてくるね」
「すまん……」
「気にすることはないね。お前と同じ経験をすれば、きっと誰だってそうなるね」
しかしその三人を避けても、結果は同じだった。
ガップアイを始めとする同僚たちであっても、ラグロウル族の竜人たちでも、アクエリカのところから呼んできてもらったサヨやナキニ、ターレットであっても、それどころか自力で跳ね除けたというラヴァリールやリョフメト、リラクタやフクサでも駄目。つまりおそらくもうソネシエや、この場にはいないがイリャヒでも駄目だろう。
「話に聞いただけでも無理っぽいね……あの夜はほぼ全員が一度は憑かれちまったみたいだから、仕方ないね」
「……」
もはや謝ることもできず立ちすくむデュロンの肩を、サイラスは優しく叩いて、訓練場の隅へ連れて行ってくれる。
1日の朝、食卓で眠りに落ちた、ともすればほんの数秒でしかない意識の間隙に、奴は容易く入り込んできた。
あいつだ……あのときデュロンに憑依していた、狼の悪魔フォルツだ。
もちろんただそういう夢を見ただけのはずだが、デュロンは……おそらく、悪魔恐怖症とでも呼ぶべき状態に陥っていた。
悪魔憑依の経験がある、あるいはそうだと聞き及んだ相手と対峙すると、最適どころではない、普段の動きすらままならなくなる。
臆病な自覚はあったが、ここまでとはと恥ずかしい。
今ここにヒメキアがいないことが幸いだった。彼女にこれ以上の心配をかけるわけにはいかない。
デュロンの様子を見ていたドルフィが近寄ってきて事情を聞き、彼女なりの気遣いを言葉にしてくれる。
「あなた疲れてるんですよ、デュロンくん……体は問題なくても、心が。わたしもあの夜経験したからわかります。あの悪魔という連中には、独特の圧がある。約半年なんて短期間で何度も何度も対峙して、平然としていられるはずがありません。彼らはわたしたちの定義に適う肉体を持たないだけで、存在の大きさとしては、竜や巨人にも匹敵すると考えます」
そうして慈愛に満ちた顔で微笑んだかと思うと、ふと首を傾げた。
「……ん? ちょっと待ってくださいよ。もしかして今なら、普段か弱いわたしをブチ転がしまくってくれているデュロンくんを、逆に転がすことができるチャンスなのでは……!?」
「
「御託は聞きません、覚悟しなさぁい!」
容赦なく踊りかかってくるドルフィだったが、デュロンが体を強張らせただけで、勝手に跳ね飛ばされてスッ転がった。
「なんですか詐欺ですか!? わたしをいじめるために芝居を打ちましたね!?」
「ち、違……そういうんじゃ……」
「いや、確かにデュロンの動きは最悪なままね。ただドルフィがそれにすら対応できないのと、デュロンの体が鉄骨入れた煉瓦の家みたくカチカチかつアホスピードで動くこと自体は変わってないってだけで」
「どっちみち釈然としないんですけどぉ! もうめんどくさいから早く良くなってくださぁい! ではわたしはこれで!」
「お、おう……あいつも結構イイ奴なんだね」
「カルト村にいたときはマジのクズだったんだけどな……ここ来てから良い影響受けてるんだろ……」
とにかく今は自分の心配だ。そして誰よりも顔向けしにくい相手が、今ここにいる。
今日はベルエフが教官として訓練を見ている日だった。悄然と項垂れて近づいていくデュロンを、彼は自分の隣に座らせ、落ち着いた口調で言い聞かせてくれる。
「そういうこともある。お前、ちょっと無意識に急ぎ過ぎてたのかもな。言ったろ、早過ぎて想定外だって、一度立ち止まってくれるってんなら、むしろこっちとしちゃ好都合なくらいなんだ」
そう言ってニヤリと笑い、肩を叩いてくる。
「動きが最悪? なら動かずにできる修行で、動かずにできる技術を習得すりゃいい。復調するまでの間に合わせってことになっちまうが、今のお前の練度ならできるはずだ、悪くねえ。ま、ちょっと休んだら、しかるべき場所へ移動するから、安心してついて来な」
やはりこの人より頼りになる男など、この世に存在しない。
小さい頃から何度思ったかわからないことを、デュロンはまた確認しただけだった。
しかしそれが、他のなによりも嬉しい。
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