第249話 吸血鬼が銀の刃物を持った暴漢集団に囲まれた時の対応マニュアル
前提条件を確認する。
銀の刃には魔力の無効化作用があるので、ソネシエが振るう氷も、イリャヒが授けた炎も、触れた端から切り裂かれてしまう。よって防御らしい防御は基本的にまったく成立しない。
さらに、銀によって付けられた生傷にはほとんどの系統の再生能力が作用しないため、人間並みの速度でしか治癒しない。よって深手を負えば一発アウトと考えた方がいい。
即座に治せるとすればヒメキアだが、仮に彼女が救援に来てくれたとして、どの道戦闘状況が終了するまで、こんな危険な場所に入って来させるわけにはいかない。
その二点を踏まえてもなお、ソネシエは一切負ける気はしなかった。
正直ソネシエ一人なら、かなり危うかった。シャルドネ叔母様を助けるどころか、捨て身で切り抜けることすらままならなかったかもしれない。
だが、イリャヒがいるなら話は別だ。彼の炎があるとないとでは、細かい差異なようでいて、かなり大きく違ってくる。
まず、全身に〈
風嵐系や爆裂系など炎と相性の悪いものや、概念系や因果系など上の次元にあるもの、あるいは単純に練度で超えてくるもの……そうした固有魔術を使ってくる者がいれば別途対処するが、そもそも魔族同士の戦闘において禁忌とされる銀を用いてきているのだ、そういった強力な正攻法を持つ者はいないというのが、現時点におけるソネシエの予測だった。
次に、〈
この刹那の差は近接戦闘においては大きく、できる限り無傷での勝利という高難度の達成要件に、より現実のものとして肉薄することが可能となる。
あとは、ソネシエ自身の実力がものを言う。固有魔術〈
崩されるなら崩されるで、それを受け捌きに使えないという点さえ頭に入れておけば、そうそう立ち回りを間違えはしない。
防御不能とわかっているなら、対処を回避に専念すればいいだけで、判断としてはむしろ楽ですらあると言える。
そして相手は刃物を振り回しているだけで、なにもギャディーヤのように全身を銀装甲しているわけではないのだ。こちらの武器をいくら砕かれても、返す刀で仕留めればいい。
ただし、相手が必殺の武器で斬りかかってきている以上、こちらも同等以上の威力をもって、一人一撃で沈めたいところだ。
高い再生能力を持つ同族殺し(もっと言えば親殺し)を旨とし、三重殺を可能とするソネシエの〈
ここも兄の炎がある。赤いドレスと黒髪が舞い、連続して弧を描いた足捌きの終点で、今また一人の〈劇団員〉が、氷の凶刃をその身に受けた。
傷口を冷気が苛み、さらに凍った体液が氷筍と化し、内側から突き破る。
咲き乱れた血の花が見頃を終えるより早く、その先端に炎が宿り、もはや散ることすら許さぬと、立ち往生で火葬していく。
撫で斬り、凍結、串刺し、そして焼却。執拗なほど念入りな四重殺に、耐えられる者はほぼいまい。
ここまでが近距離の話で、ほぼ制圧を終えた。忘れてはならないのが壇上から槍を投げたり、矢を射掛けてくる演者たちの存在だ。遠距離は少し対応が変わってくる。
「獲ったぁ!」「ヒャハッ!」「うちのだ!」
銀の
タイミングを合わせて、左から鉈を握る男児が、右から鎌を振るう女が挟撃を仕掛けてきている。
「…………」
ソネシエが取った対応は簡単だった。先ほど倒した〈団員〉たちが落としていた銀製の刃を拾うと、飛来する矢を弾いて受け流し、間髪入れずに近くの二人を斬り捨てたのだ。
確かヴィクターが寮に来たときにリュージュあたりが言っていたと思うが、銀の武器が敬遠される理由の一つがまさにこれ、鹵獲されるリスクである。
「残念。あなたたちよりわたしの方が、よほど上手くこれらを使える」
これ見よがしに回転させた終点で、ポーズをキメて煽ってみたが、〈団員〉たちは萎縮するどころか、眼を輝かせて襲ってくる。
「やるねえ!」「劇的だぜ!」「平凡に生きるより、派手に死にたいもんだ!」
どうも普通とは死生観が異なるらしい。そういう意味でも厄介な連中だ。
無駄な示威をやめたソネシエは、お望み通り彼らの刃で彼らを送ってやる。
血糊がこびり付き、鈍ったら自前の氷剣に交換だ。
矢が降ってきたら即座に対処できるよう、常に一本は鹵獲物を確保するよう心がける。
投槍に対しても基本は同じである。
ただ、こうして壇上からの攻撃を防御はできるのだが、壇上への反撃手段が現状ない。
ソネシエが接近して叩くには、まだ観客席の残党が多すぎる。
「むっ」
その懸念に応えるように、新たな青い炎が供給された。
ただし今度の狙いはソネシエへの援護ではなく、彼女を通過し壇上に到達・爆発するのを、彼女はしっかりと眼で追った。
壇上は一気に炎に包まれ、遠巻きにつついていた演者たちは度肝を抜かれて、阿鼻叫喚の地獄絵図を形成する。
観客席に眼を戻して対処を続行しつつも、ソネシエは疑問に思っていた。
イリャヒの固有魔術は、あんなに射程距離や展開速度があっただろうか?
そしてそれは出入口付近に視線を向けると、即座に氷解に至った。
今、最後の悪足掻きとして壇上から放たれた数本の矢を、イリャヒとシャルドネが慎重に回避するところだった。
そう、防御不能とわかっているなら、対処を回避に専念すればいいだけ、である。
いや、それはいいとして、ソネシエが気づいたのは、イリャヒだけでなくシャルドネからも魔力の波動が出ていることだった。
たとえば金属線を張り巡らせて電気を誘導するように、叔母様が固有魔術で生成した微粒子群で壇上までの道を作り、イリャヒがそれを燃焼対象に設定することで、より遠方・迅速に火の手を回らせることを可能としているらしい。
いける。この三人なら、きっとこの場の〈劇団員〉を殲滅できる。
ソネシエが下したその判断は……しかしいささか遅いと言わざるを得なかった。
なぜならそう思ったときにはもう、彼女自身が最後の一人を斬っていたからだ。
「う……げ、〈劇団〉に、栄光、あれ……!」
燃える氷で早贄にされ、血泡すら凍って火を吹く〈団員〉だが、それは彼の狂信を絶つには至らず、砕ける直前の死に顔は笑っていた。
こいつらは本当に危険だ、もう少し認識性の高い通称でも付けて、本格的に手配した方がいいと思われる。
せっかくこの場に上司の使い魔がいるので、早速そう進言しようとした。
しかしソネシエのその判断は、致命的に早計だと言わざるを得なかった。
「リチャールだわ! 受けて!」
突如として袖から壇上に現れた人物を見つけて、叔母様が奇妙な叫びを放った。
しかしソネシエは数日前に彼女と交わした会話を思い出し、一瞬遅れてその意味を、次いで自分が取るべき行動を理解した。
彼女の視界にはすでに銀の銃弾が都合六発、ほとんど同時とすら思える連射で迫っている。
一つで十分必殺のそれらは、一つたりとも逸れることなく、すべてがソネシエに血を流させる成果を挙げた。
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