第197話 猫耳田舎ギャルの憂鬱
少し時間を遡り……ミレイン近郊の、獣人たちが住まうとある農村。
止むに止まれず教会に
村で唯一の猫系獣人であるキャネルは、それを見て呆れ、軒先に座り込んだままため息を吐く。
「ちょっと、やめなよ、みんな。行かせといて今更それはないって」
無駄とわかりつつも窘めてみる彼女の声は案の定響かないどころか、逆効果を生んでしまう。
「だどもキャネル、見たべ、あの若造ども? 明らかに俺たちより小せえガキと、ヒョロヒョロのあんちゃんだったがや? あんな奴らに任せておけねえべ!」
「俺もそう思うた! 今頃小鬼どもに囲まれてひいひい言ってっかも知らんぜ? そこでよ、このよ、小鬼三匹殺しの俺っちが颯爽と駆けつけたらよ」
「だから三匹で自慢してるのがヤバいんだってば! 絶対戦闘の本職に任せた方がいいって!」
特にその流れを主導しているのが村長のアブリコと、その息子グアバだ。
山羊の獣人だから……というのは差別発言になりかねないが、むしろこいつらの性欲の強さは、血筋に求めてやるのが温情的だろう。
アブリコの妻でありグアバの母は、主にそれが原因で、数年前に縁を切って出て行ったのだから。
要は二人とも……というか他の男たちもそうなのだが、村の若い女たち……特にキャネルにいいところを見せたくて、見栄を張っているのだ。
確かにキャネルはかわいい……と自認もしている。麦色のふわふわした髪も、毎日農作業をしてもあまり焼けない白い肌も珍しがられるし、その名の通りにシナモンの匂いがするとよく言われる。
しかしもちろん、わかってはいる。キャネルがちやほやされるのは、ここが田舎だからだ。
ミレインという都会には、キャネルなんかより断然かわいい女の子がたくさんいて、そういう子たちがあの黒服の人狼や吸血鬼と付き合うのだろう。
いや、彼らは聖職者なので規律が厳しいのかもしれないが、少なくともキャネルなんか眼中にないはずだ。
それでも村の男たちが彼らを腐すのにうんざりし、彼女は思わず部分変貌で現れてしまった、てっぺんに長い毛の生えた猫耳をピンと立て、勢いよく腰を上げて叫んだ。
「ああもう、そんなに言うなら見に行けばいいじゃない! ていうか気になるし、あたしも行くってば!」
「えっ!? あの小鬼溜まりになってる洞窟へか!?」「無茶言うべな!?」
「中まで入るとは言ってないわよ、遠巻きに確かめるだけ。それともそれすら怖い?」
「んなわけねえだろ!」「皆の衆、出陣ぞや!」「「「「うおおおおおおお!!!」」」」
本当に調子のいい奴らだ。完全に白けた様子で見守っていた他の女たちに目配せで了承を取り付け、キャネルは列の先頭を担い、目的地までずんずん進んだ。
とはいえ彼女の中にも、やはり一抹の不安はあった。なんといっても二対千なのだ。
件の洞窟に到着したときも、やけに静かなのが気にかかり、不吉な予感が頭を過る。
大丈夫だろうか、とキャネルは柄にもなく、ろくろく信じてもいない神に向けて、両手を祈りの形に組んでしまう。
しかし結論から言うと、それはまったく不要な心配であった。
「んなっ!?」
突如として洞窟の中から、凄まじい衝撃と青白い爆光が迸る。
それらは岩肌に亀裂を生じ、やがて全形を一気に崩壊させた。
砂埃と震動が治まった後には、瓦礫の山が残るばかりだった。
「う、そ……」
思わず膝をついてへたり込むキャネルだったが、絶望するにはまだ早い。
残骸の一部が動いたかと思うと、瓦礫を勢いよく吹っ飛ばし、小柄な影が這い出てきた。
「だー、ちくしょう! 小鬼の分際で舐めた口の利き方しやがって、ふざけんじゃねーぞ!」
くすんだ金髪に灰色の眼、獣化変貌していなくても十分に人相の悪い人狼の少年だ。
しかしさっき見た彼とは一瞬わからないくらい、全身が返り血と思しきもので真っ赤に染まり、さらに砂埃だらけで、もはや襤褸雑巾状態なのだ。
そしてもう一つ、青い炎を全身に纏った細身の影が、まるで屋敷の玄関から退出するように優雅な歩調で現れるところだった。
「まあまあ、結果的には狩り漏らすことなく上手くいったのですから、良しとしましょう」
黒髪黒眼に黒服眼帯、黒い帽子と鼈甲眼鏡を装備した、吸血鬼の典型のような美形の優男である。
こちらは人狼の少年とは対照的に、夜会の帰りであるかのように汚れ一つないのが逆に異様だ。
二人は駆けつけたはいいが呆然としている村民たちの姿に気づくと、なにごともなかったかのように気さくに声をかけてくる。
「おー、わりーな、驚かせちまったかもしれねー」
「依頼を完遂しました。またなにかありましたら、お気軽にご相談ください」
意気込んでやってきたはずの男衆は圧倒されてしまい、誰も返事できない様子だった。
それはそうだ。こんな無茶苦茶な暴力を保有する連中を、敵に回すわけにいかないし、なんなら一生関わらない方がいい。
小鬼どもから村を救ってもらった恩を差し引いても、気軽に会話できるような相手ではない。
その感情が伝わってしまったようで、二人はどこか寂しそうに笑った。
その表情が胸に刺さったせいか、キャネルは思わず口が動いてしまう。
「あ、あの……ありがとう……えっと、一つだけ追加でお願いがあるんだけど、いいかな……?」
素直に言葉が出ることに、彼女は自分で驚いているくらいだった。
そしてそれは相手も同じようで、戸惑いつつも返事をしてくれる。
「ああ」「はい。我々にできることなら」
キャネルは髪を弄り、顔が熱くなるのを自覚しつつも、おずおずと切り出してみる。
「あたしを、ミレインに連れて行ってくれないかな……? あ、その、移住するとかじゃなくて、ちょっと観光とかしてみたいかなーみたいなっ! そ、それで、良ければ……」
言い淀んだ内容を汲み取ってくれたようで、二人は揃って会心の笑みを見せた。
「俺らでいいんなら、いくらでも……」
「ええ。喜んでエスコートさせていただきます」
あ、やばい。やっぱりかっこいい。好きになりそう。
すでにふにゃふにゃになっているキャネルの顔と脳は、村の男たちのやけに必死の説得を受けても、もはやどうしようもない。
よっしゃ! 本来はお祭りのとき用の、一番かわいい服を着て行こ! というのが、今のキャネルが考えるすべてだった。
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