第176話 暇を持て余した戦士たちの束の間の戯れ

「……ン……ロン……デュロン!」

「はっ!? 敵か!?」


 リュージュの呼び声で夢の世界から浮上し、ついでに状況を思い出したデュロンは跳び起きて周囲を見回すが、辺りは静穏そのものだった。

 ただ、いつの間にか雨が降ってきていて、場所もリュージュが建物の陰に移動させてくれたようだ。


 リュージュはやけにのんびりと警戒を解いており、その理由を説明してくれた。


「いや、今日の〈ロウル・ロウン〉はもう終わりである。まだ十六時を過ぎたところだが、この雨だ、視界が悪く、それを理由にわたしとお前を含む残存者が全員潜伏場所から動かなくなっているらしい。なのでヴァルティユ様が、これはもう明日に持ち越しにしようと判断されたのだ」

『そういうことだよ。お前たちも寮に帰って休むといい』


 足元を歩く赤蜥蜴を視認したデュロンは、ふと下手に出てみる。


「えーと……あと何人残ってるかとか、教えてもらえたりとかします?」

『あと八人だ。ちなみに我々ラグロウルではない、相棒枠の参加者はあと君だけだよ、デュロンくん。やるじゃないか』

「あ、どーもです……すげー気さくに教えてくれて助かるぜ……あの、もしかして内訳とか訊いちゃっても……?」

『いいとも。リュージュ・ゼボヴィッチ、デュロン・ハザーク、オルガ・エイボリー、フィリアーノ・フェロアロイ、リラクタ・カフツザツィロ、タチアナ・ダルマゲバ、ラヴァリール・グリザリオーネ、そしてチャールド・ブレント。うん、八人だ』

「めちゃくちゃ教えてくれんじゃん、ヴァルティユ姐さん」

『気にしなくていいぞ、みんなに同じことを答えているから』

「あ、そうなのか……つーか、リョフメトとかベナクとか、イリャヒとかソネシエとか、みんな落ちたんだな……」

「デュロン、それより残っているメンツの方に気を向けろ。まったくどいつもこいつも当たりたくない難物ばかり……誰か代わりに倒しておいてくれないものか……」


 ひとしきりブツブツ言っていたリュージュだったが、パンと膝を打って立ち上がった。


「よし、ここで悩んでいても仕方ない! ヴァルティユ様のおっしゃる通り、寮に帰るぞ!」

「そうだな。腹減ったわー」


 リュージュの生成したクソデカ葉っぱを傘にして、二人は雨の中を歩いていった。




 寮に帰ると、ちょうどヒメキアが談話室にいて、笑顔で二人を迎え入れてくれた。

 エプロンにバンダナ姿の彼女を見るだけで、デュロンはすでにいくらか癒されている。


「デュロン、リュージュさん、お帰りなさい! お疲れさま! ごはんいっぱい作ってて、もう少しでできるから、待っててね!」

「おう、ただいま。ありがとうヒメキア」

「助かるぞ。……あ、ヒメキアも脱落したのだな」

「ほんとだ。あれから大丈夫だったか?」

「うん、あたしは平気だったよ。でもドヌキヴちゃんが心配だなー……もう来てる人たちが何人かいるから、お喋りしててね!」

「もう来てる……?」


 確かに何人か、すでにたむろしていた。

 落ち込んでいる様子のフクサと、彼女を励ましているフミネ、そして手持ち無沙汰そうなベナクだ。


 どうやら脱落済みの竜人戦士十二人のうち、いくらかがここへ流れてきたらしい。

 部屋に空きはあるので、宿として利用してもらうことも可能だろう。


 とりあえずデュロンとリュージュは、ベナクの両脇に腰を下ろして、彼に雑な絡み方をしてみた。


「おーおー、誰かと思えば悪魔憑きで有名なベナクくんじゃねーか。やってくれたなこの野郎、おかげで危うく脱落しかけたぜ」

「ひいっ!? あっ、君はあのときの……その節はほんとすいませんでした!」

「穏当な措置が取られたようでなによりであるな。しかしベナクよ、結構体がデカくなったのではないか? というかリョフメトとの仲は少しは進展したのか、ああん?」

「う、うん、リュージュ久しぶり……えっ、いや、俺ってそんなにわかりやすいかな!?」

「お? 恋の話? 聞かせて? 狼さんに聞かせてくれませんかコラ?」

「それともあれか、甘酸っぱいやつはわたしたちには聞かせられんか?」

「怖っ!? なにこの青春をカツアゲしてくるチンピラたち!? そういう専門の審問官なのか!?」


 ベナクに圧をかける遊びをやってみたが、二人が飽きるより早く、玄関扉がドバーンと開かれたことで中断された。


「ただいま帰還! あなたのわたしの、そう、タピっとオラオラ、タピオラ姉妹☆」

「今日もごはんの前におやつを食べちゃう、悪い子ちゃんだよ〜!」


 ひとしきり騒いだ姉妹だったが、談話室をキョロキョロと見回した後、いささか気落ちした様子で肩を落とした。


「なんだ、ソネシエちゃんまだいないじゃん」

「あの子の委員長注意ビーム、うちらのノリによく馴染むのにね……」

「気を取り直して、アイス食べる人ーっ!?」

「ヒメキアちゃん、ごめん! あとでみんなでソネシエちゃんに叱られるから!」

「あはは、いいよー、いいんだよ。ごはんまでまだ時間かかるから、みんなお腹空いちゃうもんね」


 鷹揚に微笑むヒメキアを前にして、タピオラ姉妹の邪悪な魂が浄化されていく。


「ヒメキアちゃん優しい。天使。うちらは死んだ」

「ていうか今日街を回っててわかったけど、鳥人の皆さん、意外と鳥さんアイスのことなんとも思ってないんだよね……」

「『共食いじゃん(笑)』とか言っても、差別とか通り越してひたすらダダ滑りだから言わないよ。普通に失礼だし」


 そこで、背後からヨーカとセーラが現れたので、ニゲルとヨケルは仰天した。


「あ、鳥さんアイスだ!」「ちょうだい!」

「うわ!? なんじゃこの猛禽姉妹は!? うちらと若干キャラかぶってない!?」

「アイスはくれてやる! だがこの、双子じゃないけど双子っぽい姉妹という謎のポジションは譲らんぞ!」

「あたしたちは普通に双子だよ〜」「双子!」

「あ、そうなんだ……」

「……逆にうちらって双子だったっけ? 違ったっけ?」

「なんでそこが揺らいでんだよ、どんだけその場の勢いで生きてんだよ……」


 タピオラ姉妹がポポミプグ姉妹に対して一方的に張り合うのに忙しくなったようなので、代わりにデュロンがアイス配布係に就任した。

 それをヒメキアがニコニコしながら見ている。


「ベナク、アイス食うか?」

「あ、ごめん、俺は甘いもの苦手なんだ」

「そうか。フミネは食う?」

「わ、わたしはヒメキアちゃんに夕食を誘われたので、お腹空いた状態でいただきたいわけなので」

「フミネいい子すぎるぜ……フクサ、大丈夫か? アイスとか食うか?」

「お? おお、すまんな……ん!? なんだこれは、鳥のフレーバーがするな……うまい! うまいぞ! んんん、これはいけるっ……!」

「怖っ!? そんなにがっつくようなもんじゃねーだろこれ!?」

「ふ、フクサさん、やめて! ヤバい人なのがバレてしまうので……!」

「いやもうそれはとっくに手遅れだが……あ、また誰か来たな」


 ドバーン! と扉を開いて、まるで忍ぶ気のないニンジャガールが見参仕った。


「うわーん! ヒメキア殿ー、拙者敗けちゃったでござるーっ!」

「ドヌキヴちゃん! おいでおいで! あたし、ここだよ!」


 即座にヒメキアの膝枕に吸い寄せられてソファに横になり、ドヌキヴは寝息を立て始めた。

 よほど疲れていたようで、すでに熟睡している。

 かと思うと、すぐに次の子がドバーンと現れた。


「うわーん! 敗けちゃったよー! 誰か慰めてー!」

「リョフメト、お前にはソネシエがいるではないか?」

「ソネちゃんにはもういっぱい慰めてもらったよ! それでもまだ足りないの!」


 わがままで甘えん坊の雪ん子ちゃんはキョロキョロと談話室内を見回していたが、ベナクを見つけると、彼の分厚い胸板へ一直線に飛び込んでいく。


「ベナくん! お願い、あたしを慰めて!」

「うおおおっ!? おお俺でよければっ!」

「フュー♫」「ピューイッ♫」

「おいタピオラ姉妹、やめろその下品な口笛。……しかし、あれ大丈夫なのか?」

「大丈夫。わたしが保証する」


 デュロンの曖昧な問いのニュアンスを精確に汲み取り、答えてくれたのは、リョフメトの後ろについてきていたソネシエだった。


「ソネシエちゃん! お帰りなさい!」

「ただいま、ヒメキア」


 彼女はヒメキアと挨拶した後、親友の膝枕を独占しているドヌキヴに若干嫉妬の視線を送り、結局はその正面のソファに座った。


「リョフメトはああ見えて、かなり内向的。興味のない異性に、不用意に抱きついたりするタイプではない。あの二人はつまり、そういうこと」

「そうか、なら安心だな」

「いやいやいや、両想いの話とかクッソつまんないからさ」

「もっとドロドロしたやつちょうだいよ」

「最低だよこいつら……あ、また誰か来たな」


 ドバーン! と扉が開き、今度は灰水色の髪に涙のメイクが特徴的な、知らない竜人戦士の女の子が入ってくる。


「うわーん! 敗けちゃったのですーっ!」

「まさかの三人目!?」

「泣き虫ちゃん三連弾はこのタピオラの眼をもってしても予想外だよ!」

「あっ、ニゲル、ヨケル、聞いてほしいのです! 痴女二人がわたしを挟んで……」

「え、なにその話!? 聞くよ、超聞く!」

「でもその前にニェーニェちゃん、きみはまず水を飲んだ方がいいと思うね!」


 ニェーニェというらしい、新顔ちゃんのお世話はタピオラ姉妹に任せて、デュロンはアイスの配布に戻った。


「んっ!? なんか甘い匂いする!」

「お、おお、リョフメト、アイス食うか? なんか邪魔して悪いな……」

「え、な、なんのことかわかんないな!? いや、暑いよねっ!? アイス貰うね!」

「いや熱いのはきみらの周りだけだけどね?」

「氷属性のくせに顔真っ赤にしやがってからにこの雪ん子ちゃんは〜」

「見せつけてんじゃないよ、ケッ!」

「ここが天下のミレイン祓魔寮と知っての狼藉なのかい!? ブーッ!」

「うるせーよ、叩き出されるとしたらテメーらの方だぞタピタピ姉妹」

「なんか水っぽい語感の呼び方やめてよ!?」

「上半身を二つ合体したキメラが産まれたよ!?」

「タピは上半身部分なのかよ……お前らいいから、涙の子の世話をちゃんとやっとけ」

「ぷは〜。ミレインのお水、おいしいです〜」


 一旦落ち着いたかと思いきや、雪ん子ちゃんがいきなり悲鳴を上げた。


「……な、なにこれ!? なんで鳥さんの味がするの!? ひどいよ!? かわいそうだよ!?」

「おいデュロン、なんかリョフメトの変なツボみたいなのが押されてしまったぞ!? 意外とナイーブなんだこの子は!」

「うわヤベ……リョフメト、これ別に鳥そのものが入ってるとかじゃねーからな!?」


 リュージュ、デュロン、そしてベナクが慰めてもリョフメトの恐慌状態は治まらず、幼女のようにわんわん泣くばかりだ。

 しかしそこで談話室に天使が通った。


 厨房へ戻るところのようで、半分寝たままのドヌキヴにしがみつかれて歩きにくそうなヒメキアがやって来てリョフメトを抱き寄せ、優しく頭を撫でながら言い聞かせる。


「リョフメトちゃん、大丈夫だよー。犠牲になったとりさんはいないんだよ。そういう匂いがするだけっていうアイスだからねー。怖いこと考えちゃったんだね、あたしわかるよ」


 そのまま二人を連れて、一緒に厨房へ行ってしまった。

 後に残された連中が黙りこくる中、「あの子ならいっぱい慰めてくれそう!」と思ったようで、涙の子が無言で席を立って追いかけていった。


 デュロンはリュージュと、放心気味に顔を見合わせるしかない。


「あいつ、やっぱすげーな……」

「ああ……デュロン、お前、ヒメキアを大事にするのだぞ」


 その助言には冗談抜きで、なんと答えたものかわからなかった。


 だからただ頷くデュロンに、リュージュもただ優しく微笑んでみせる。

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