第97話

「しゃ……和人さん、この辺あたりの物は戻しますね。もし買うのであればバッグも買いましょう」

 社長の持つカゴから離乳食などを棚に戻しながら声をかける。

「子煩悩な頼もしいパパになりそうですね」

 店員さんの言葉に、素直に頷いた。

「はい、きっと良い父親になってくれると思います」

 社長なら、きっと子供をないがしろにするようなこともないだろう。家族思いだし、優しい。妹さんも女嫌いだから注意してとは言っていたけれど、そのほか悪くは言っていなかった。同じ会社で働いているというのがそもそも嫌いじゃない証拠だろうし。いいお兄さんでもあるんだろうな。

「幸せそうですね」

「それはもう、最高に幸せですっ!」

 社長が私の顔を見た。

 本当に幸せそうな笑顔をしている。

 ……夫婦のふりだというのは分かっているのに、なんだか本当に愛する奥さんを見ているような目に胸の奥がもやっとする。

 店員さんが笑ってエプロンの大きなポケットから取り出したものを私に手渡した。

「これ、試供品です。よかったら使ってください」

「ありがとうございます」

 赤ちゃん用の洗濯用洗剤だ。

 ああ、そういえば、旅先でコインランドリーが設置してあるところもあるけれど……。洗剤の問題もあったか。赤ちゃん用の衣類……まぁ、帰ってから洗うからさすがにそこまで必要ないのかな。とりあえず社長には後で説明しておこう。洗濯一つ、赤ちゃんは特別なのだと。離乳食のことも。朝食付きプランとかもあるだろうから、どういう対応をするかは分からないけれどまずは情報として頭に入れるというのは大事だよね。

 必死に、このもやもやを吹き飛ばそうと仕事のことを考える。

 何、もやもやしているんだろう。社長がこの先、誰かを好きになり、結婚して子供をもうける……その見もしない女性がうらやましいなんて……。馬鹿みたいだ。私、真さんと結婚して優斗が生まれて、今だって、優斗はいい子だし幸せなのに。

 カゴいっぱいの品をレジに持っていき、社長は会計を済ませた。買ったマザーズバックにそれらを詰め込み、ぱんぱんになった鞄を肩にかけて持つ。

「あー、これは重たいな……」

「流石に普段はそんなに持ち歩きませんけどね、旅行だとそれだけでは足りないでしょうね」

 マザーズバッグ1つに収まるような荷物では1泊2日の旅行ならもしかすると月齢や母乳育児や条件によっては足りるかもしれないけれど。2泊3泊……となれば荷物も増える。ミルクならなおさら。ああ、ミルクを飲むし離乳食も食べるという時期が一番荷物が増えるだろうか?パウチの離乳食では器も必要だから瓶の離乳食の方が便利だけれど瓶は重い。とすると使い捨ての容器……ああ、紙コップを持っているという話も聞いたなぁ。

「さぁ、ベビーカーも買おう」

 と、社長が2階にもう一度行こうとするのを引き留める。

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