第96話

「女の子だと、もう少し大きくなるとスカートも履かせられるので選ぶのもっと楽しそうですよね。うちの子は男の子なので……女の子がちょっとうらやましかったです」

 90サイズや100サイズのコーナーの服を眺めながら社長に声をかける。

「かわいいでしょうね。春子さんの娘さんなら……」

 ドキリとする。

「いいえ、社長、自分の子なら、娘も息子も、間違いなくかわいいって思いますよ。社長の子も間違いなくかわいいです。泣くだけでも全力になってる生まれたてもかわいい。ぷくぷくのほっぺの生後半年のときもかわいい。よちよちと歩く1歳も、いろいろおしゃべりしてくれる2歳も、一生懸命大人のまねをする3歳も、小学生になっても中学生になっても、全部かわいいです」

 もちろん、かわいいだけじゃなくてすごく大変だったのも事実だけれど。過ぎてしまうと、かわいかったなぁしか思い出に残らない。

「春子さんは、その……もう子供は産まないつもりですか?」

 は?

「あー、ええ……」

 もう年なんでという言葉は飲み込む。山崎さんの顔がちらついた。

 それから、相手がいないのでという言葉も飲み込む。夫のいないシングルマザーだというのは内緒だった。

「春子さんの赤ちゃんが見たい……なんていうと、セクハラでしょうか……」

 社長がちょっと切ない顔を見せる。

「大丈夫ですよ。私も、社長の赤ちゃんが見せてほしいです」

 周りで赤ちゃんが生まれたら、見たい。抱っこさせてほしい。柔らかなほっぺたをぷにっと触らせてほしい。

「僕の、赤ちゃん……ほし……い?」

 社長が何かつぶやいてふいっと顔をそらす。鼻の付け根をつまんで下を向いてしまった。

 あれ?私、何か変なこと言ったかな?

「あー、実際にどれくらいになるのか、買って試すんだったね」

 社長がカゴを持ってきて、いろいろなものを手当たり次第にカゴに入れていく。

 その様子を見た店員さんが、笑顔で声をかけてきた。

「あら、新米パパさんかしら?離乳食が始まるのは半年先ですよ?賞味期限がある物は、慌てて買い込まない方がいいですよ」

 確かに、よく見ると社長のカゴの中には、新生児用のグッズから、離乳食のパウチ食品までまさに手当たり次第に入れられている。

 社長が店員の言葉に顔を赤くする。

「ふふ、楽しみですね。皆さんそうですよ。性別も分からないうちから女の子の服ばかり買うパパとかも多いですよ」

 ニコニコと店員さんが楽しそうに話をする。

 うん、確かに今の社長の姿は、生まれてくる赤ちゃんを心待ちにして買い物を楽しんでいるように見える。

 本当は仕事で赤ちゃんグッズを見て回っているだけなんだけど……。

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