第94話

「さっきはすいません、急に袖をつかんだりして……。あの、セクハラとかじゃなくて、えっと、夫婦のふりしてたんで、とっさに言葉が出てこなくて……」

 店員に社長が何か言う前に引き留める言葉が出てこず手が先に出た。

「い、いえ、夫婦の……はい、大丈夫ですし、その……まだしばらくは夫婦のふりをした方がいいみたいですから、遠慮せずに腕を組むなり手をつなぐなり……」

「ふふ、そういっていただけてよかったです。セクハラだと思われたらどうしようかと。そうですよね。必要な時に手をつなぐのなんて、握手のようなものですよね?」

「あ……握手、ああ確かに、そういわれれば握手は普通ですね。海外ではハグもキスもセクハラではなく挨拶という認識のところもあるくらいですから」

 ハグやキスが挨拶?私なら悲鳴を上げちゃいそうだ。でも、そうか。大手ホテルの社長だものね。海外の人との取引もたくさんあって……社長にとっては握手程度のことなのかな。

 チンっと小さな音を立ててエレベーターのドアが開く。

「実際に、ベビーカーを押してみようって言ってましたよね?だったら、他の荷物もどれくらいの量や重さになるのか試してみますか?」

「そうですね。できれば、ホテルにあると嬉しい物も教えてもらえればと思います。もちろん他の従業員にもアンケートを取りますが。何のことか分からないとさらっと流してしまいかねないので」

 本当に勉強熱心だなぁ。

「そうですね、では。定番のおむつから」

 と、おむつ売り場のコーナーに足を運ぶ。

「たくさん種類がありますね」

「はい。ホテルにはいろいろなメーカーの種類をそろえるよりも、サイズだけはそろえてほしいです。S,M,L,BIG,それより大きなもの。ジュニアサイズもあるときっと助かります。昼間はおむつは必要ないけれど、寝るときだけは必要だという子もいたりするので……。もちろん旅行に際してちゃんと準備するでしょうけれど、もし足りなくなったりした場合大変ですから。1~3枚入りくらいのものを用意してあるメーカーもあるようで時々自動販売機も見かけますが、サイズがそろってなかったりすることもあるんですよ。そういう場合は、できれば小分けでホテルで売ってもらえると助かります」

「なるほど……。寝る準備をして、必要なおむつがないと気がついても、それからどこかへ買いに行くのは大変ですよね。コンビニで手に入ればいいですが、流石にこれだけの種類はそろえてないでしょうから。そうすると、大人用のオムツも同じように準備しておくのもいいかもしれませんね」

「大人のものは、紙パンツですよ。オムツって言葉はやめた方がいいです」

 と、小さな声で社長に伝える。

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