第58話

「これも」

 課長がもうひと箱取り出して私に見せた。

 すぐに受け取って、また同じように配ろうとしたら、課長に止められた。

「それは深山さんに」

「え?」

「来週から出向だろう。向こうの会社の人たちと食べてもいいし、息子さんと食べてもいいし」

 くるみの店のクッキーは、私も好物だけれど、優斗も大好きなんですって話を課長は覚えていてくれたんだ。

「あ、ありがとうございます……いいんですか?」

「いいよいいよ。いくらあっちが居心地よくても、僕たちのこと忘れないようにっていう気持ちも入ってるからね」

 課長が照れ隠しなのか、早口でそれだけ言うと書類を広げ始める。

「えー、出向っていつまでだっけ?帰ってくるんだよな?深山がいないと困るよ」

 別の社員が声をかけてくれる。

「なぁに?私だけじゃ困るってこと?」

 山崎さんがお茶を課長のついでに他の社員に配りながら睨んだ。

「あ、いや、あはははは」

「なぁんて嘘よ。私も深山がいないとあんたたちの汚い字の書類の解読一人じゃ無理だもの。あとギリギリでしか出さないとか、出した後に変更に次ぐ偏向とか、とてもじゃないけど私一人じゃ無理だわ」

 山崎さんの言葉に社員たちがあははと乾いた笑いを漏らして、お茶ありがとうだとか山崎さんの入れるお茶はおいしいなぁだとか口々に言って仕事に取り掛かり始めた。

 ああ、私はここが大好き。

 課長からもらったクッキーの箱を胸に抱きしめてみんなの顔を眺める。

 真さんが亡くなって優斗を抱えて困っていた私を働かせてくれた。小さなころはしょっちゅう熱を出したからと早退をお願いすることもあった。そのたびに申し訳ありませんと頭を下げる私に「申し訳なくないよ、子供の方が大事なんだから!」「そうだよ、優斗君もお母さんがいなくて不安だろう、早く帰ってやりな。明日明後日も遠慮せずに休めばいいからな」と温かい言葉をかけてくれた。それだけじゃない。「うちの娘が参観日のプリント貰って来たけれど、深山さんのところもそろそろ参観日があるんじゃないかい?遠慮なく休みを取ればいいから」とか。「運動会があるってことは、月曜は代休で学校休みじゃないのか?君はまだ有給残ってるだろう。休みを取って優斗君を遊園地にでも連れて行ったらどうだ?」と、私が休みを取りやすいように常に気にかけてくれていた。

 だから。

 月曜からの出向、頑張ろう。東御社長が満足するような仕事をして、二棲建築を信頼してもらい、そしてこれからも仕事を貰えるように。

 二棲建築発展のために頑張ってきます!




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いい会社や……

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