第44話

「いえ、あの、社長にはじゃなくて、不用意に男女とも触れないようにします」

 セクハラだめ。女性が女性にだってあり得る話だから、男女関係ないわけだよね。はい。

 会議室で向かい合って席に着く。部長の姿はない。

 え?2人きりなの?

 確かに出向中の打ち合わせだったら、部長は出向してこないけど。聞いてないっ。

 花村さんが、カップにはいったコーヒーを運んでくれた。2つ。

 それをテーブルに置くと、すぐに出ていく。

 東御社長が、コンビニの袋から牛丼弁当を取り出して置いた。

 牛丼……。

 それから、プリンを2つ。

 2つ?

「深山さん嫌いでなければ」

 1つを差し出される。

「え?ありがとうございます。うれしいです。プリン好きなんです」

「ここと同じですね」

 はい?

 僕と同じって言った?

「東御社長もプリンはお好きなんですか?」

「好き」

「そうですか。好きなんですね」

 東御社長がなぜか顔を伏せてフルフルと小さく頭を振った。

 なんでしょう?

「好きです」

 恥ずかしそうに東御社長がつぶやく。

 もしかして、甘いものが好きだというのがちょっと恥ずかしいみたいなそういうことだろうか。

 息子も甘いもの大好きだし、男性が甘いもの好きでも全然かっこ悪くないですよね。

 お弁当箱をテーブルに置いてふたを開く。

「ご飯に卵焼きにプチトマト」

 東御社長が私のお弁当を見て声を上げる。

「あとは昨日のおかずの残りです」

 手羽元の骨をはずした肉と一口大に切った大根を甘辛餡に絡めたもの。

 息子のお弁当には冷凍食品としてスマイルポテトを入れたけれど、私のには冷凍インゲンを入れている。解凍してそのまま食べられるものだ。保冷剤替わりにもなるし、野菜をもう少し食べたいので。息子はいんげんのあのきゅっとする食感が苦手だというので入れてない。

 東御社長が想像していたお弁当はどんなものなのかは分からないのですが。ごくごく普通のお弁当だと思うんです。

「それで、来週の打ち合わせというのは?」

 食事をしながら話を進める。

「ああ、そうでした。現地の視察も後々はお願いしたいのですが、まずは僕が何も理解していないという部分を何とかしたいと思いまして」

「何も知らないとは?ホテル業界のことはよく勉強していらっしゃるんですよね?」

 でなければ、あれほど会社を大きくはできないでしょうし。

「あー、お恥ずかしながら、子供のことです。母からは、だから結婚して子供がいないからだと。いい加減早く結婚しろとまで言われまして」

 ふっとおかしくなる。

 そうか。私よりも年上で、できる男でも、親の前では子供なんだなぁと。それがちょっとおかしくなった。

 そう考えると、必要以上に緊張することもないのかなって。親にとっては子供。

「ああ、もちろん仕事のために無理に結婚して子供を作るようなことはしませんが、逆に結婚していない子供もいないから知らないのは当たり前だろうと胸を張ることでもないと思って。子供を連れて旅行をするということは、大人だけの旅行と何が違うのか、まずはそこから学ぼうと」

 なるほど。

「東御社長は勉強熱心なんですね」

 知らないのは当たり前だとそこで立ち止まらずに、知らないなら学ぼうって、当たり前のことのようで、なかなか実行できることではない。

「それで、来週は他の仕事の予定を少しずらして時間を作りました。深山さんに子育て中の家族について教えていただきたいと。例えば、小さな子供連れの家族が足を運ぶ場所とか、その、参考になる場所をいろいろ案内してもらえたらと」

 1週間、そのための時間を確保したんですか。

 それはまた、本当に勉強熱心で。

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