第30話
「ああ、椅子は座り心地が本当によかった。全然違ったよ。会話は……道案内頼まれて、あとは……」
何を話したかな?全然覚えてない。
「あ、ガンダリム!」
「は?」
「ああ、なんかほら、歌手のRisaの曲が流れていて、息子が聞いていた曲で、何の曲だったか思い出せなくて、思い出したときにうっかりガンダリムって口走っちゃったのよ」
「あははは、深山らしいね。深山の生活の半分は息子のことだもんね。そりゃ自然に口から出ても仕方がない。で、いきなりアニメのタイトルを口にして、東御社長はどんな反応だったの?」
「あー、がっかりしてたかなぁ。ガンダリムの主題歌だってことまで知ってるなんて、Risaのファンだって思ったら、違ったからがっかりしてたと思う」
山崎さんがにっと笑った。
「ガンダリムファンだと思ったら違ってがっかりしたのかもよ?」
え?東御社長がガンダリムファン?
「違うと思うよ。アニメとか好きなタイプじゃないと思う」
「分かんないわよ、隠れオタクかも」
山崎さんが、整理し終わった書類で、不要なものをシュレッダーにかけるために立ち上がった。
「息子がさ、言ってたんだけど、隠れオタクもオタク仲間だけには分かるんだって。例えばガンダリムのジオリン軍のマークだとか、オヴァのネイルフのマークだとか、オシャレで一見アニメグッズに見えないようなステッカーやストラップとか、何気なく1つや2つは持ってるものだって」
へーと言いながら山崎さんがシュレッダーを終えて席に戻る。
「私も息子や息子の友達のおかげで、いろいろ知ってるけど、東御社長の車の中にそれらしい目印は何もなかったわ。ステッカーの1つも張ってないし、ゲーセンとかで取るプライズグッズも1つもなかったもの」
すとんと、腰を下ろしてから、しゅっと机の前に椅子を戻した山崎さんがおかしそうに笑った。
「しっかりチェックしたんだ」
「あー、いや、癖みたいなもので。優斗が何歳の時だったかなぁ。新しいお父さんになるなら、オタクがいいなぁって言いだして」
「え?新しいお父さんって、深山の彼氏って話でしょ?何?聞いてない!彼氏作る気あったの?っていたことがあるの?」
ガタンと山崎さんが立ち上がり、事務室にいた別の社員の注目が集まった。といっても、3人だけだけど。
「違う違う。もし、新しいお父さんができるならって話で、私は彼氏を作るつもりも再婚するつもりもないから。まぁ、でも、その時にはお父さんいないの寂しいのかなって。息子のためにも再婚を考えた方がいいのかなってちょっと思っちゃって。オタクがいい……まぁ、趣味があうお父さんだったらいいなぁって話でね。こういうマークの持ってたらそう見えなくてもオタクだからみたいな、いろいろ教えられて」
ずいぶん過去のような言い方をしているけれど、中2の終わりか中3の初めのころの話だ。
反抗期で、あまり口をきいてくれなかった時期に、突然言い出したから。
やっぱり、男親は必要なのかなって。
恋愛に踏み出す勇気はない。だけれど、お見合いとかしてみようかと。もしかしたら、女の子のいるシングルファーザーで、女親が欲しいと思っている人といい感じに家族になれるんじゃないかって思ったんだ。
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