第25話

「おかげで迷わず着けたよ、ありがとう」

 シートベルトをはずしていると社長がこちらを見てお礼を述べた。

 ずいぶん、まっすぐこちらを見るものだから、思わず焦ってシートベルトをはずす手がうまく動かない。

 近いよ。こんな近くで、人が振り向いて注目するくらい、オーラを放ってる男性に見られるなんて、緊張しかない。

 バクバクする心臓を悟られないように、笑顔を顔に張り付ける。

 大丈夫。今の私は、できる女風、がっちりメイクで武装してるんだから。

「こちらこそ、こんなに座り心地のいいシートに座って出勤なんて贅沢ができました。ありがとうございます」

 よし。無事にシートベルトも外せた。緊張も隠せた。

「また、送りましょうか」

「はぁ?」

 いけない。驚きすぎて、巣が出ちゃった。

 また送りましょうかって、言いましたか?

 聞き間違い……ではないよね。

 いや、これは社交辞令だ。会話のエッセンスに違いない。

 しまったな。一瞬本気にして間抜けな声を出してしまった。

「帰り道も迷いそうなら、駅まで案内しますよ」

 すっと落ち着きを取り戻して、何とか言葉を返した。

「贅沢ナビ」

 東御社長が笑っている。

「社内への案内も致しましょうか?どなたとお約束でしょう?」

 声をかけながら、ドアを開いて、外に出る。

 いつまでも助手席と運転席なんて至近距離に居たら、また失態を犯しそうだ。

 外に出たとたん、遠巻きに見ていた男性社員の何人かが近づいてきた。

「深山、お前、ついにいい人ができたのか?」

「朝から送ってもらうなんて、おあついことで」

「昨日はあれか?」

 うっわー。めちゃ誤解されてるし、下品な詮索されてる!

「こほん、こほん」

 慌てて東御社長に聞かれないようにドアを閉めて咳ばらいをする。

「東御グループの東御社長です。道案内を頼まれたので駅から案内してきました」

 早口で、説明している間に、東御社長もドアを開けて車から出てきた。

「深山さんをちょうど見かけたので、助かったよ」

 という東御社長の言葉に、社員たちはハッと間違いに気が付き口をつぐんで、簡単な挨拶を東御社長にして去っていった。

「深山さんは、随分男性社員に人気があるんだね」

 は?え?まさか、いろいろな男性に色気を振りまく、嫌いなタイプの女だとか思われた?

 いやいや、いやいやいや。

「違いますよ。東御社長の車が立派なので、気になっただけですよ」

 そして、私をからかいにきただけです。

 なんだかんだと、10年以上の付き合いのある社員も多く、いろいろ心配してくれて声をかけてくれる人もいますけど。

「ふーん。そう?」

 東御社長がにこにこと嬉しそうに小さく頷いた。車を褒められて悪い気はしないってところかな。

「どうぞ、こちらへ」

 とりあえず、ずっと駐車場に立たせているわけには行かないし、そのまま案内役を続けることにした。

 駐車場から出て来客用の入り口へと案内する。

 まぁ、来客用と言っても社員も使いますけど。裏口は、倉庫側なので。

 通勤してきた社員たちの目が一斉に東御社長に向いた。

 特に女性社員の目は驚きに見開かれている。

 そうですよね。まるでテレビの画面から抜け出てきたようなモデルのような男性が来たら、驚くよね。

 普段、来客の対応をしている後輩の子がいたので、あとを任せようかと思って声をかける。

「花村さん、東御ホテルグループの東御社長です。会議室に」

 と、そこまで話かけたところで急に花村さんの顔色が悪くなった。

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